・・・そして、自分が生れると直ぐの年から、母親の背に縛りつけられて、毎年、警察や、裁判所や、監獄の門を潜ったことを思い出した。「父ちゃん、いやだよ。行っちゃいやだよう」 泣き声と一緒に、訴えるような声で叫んで、その小さな手は、吉田の頸に喰・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ほんにほんに人の世には種々な物事が出来て来て、譬えば変った子供が生れるような物であるのに、己はただ徒に疲れてしまって、このまま寝てしまわねばならぬのか。(家来ランプを点して持ち来り、置いて帰り行ええ、またこの燈火が照すと、己の部屋のがらくた・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ですから、生れるから北上の河谷の上流の方にばかり居た私たちにとっては、どうしてもその白い泥岩層をイギリス海岸と呼びたかったのです。 それに実際そこを海岸と呼ぶことは、無法なことではなかったのです。なぜならそこは第三紀と呼ばれる地質時代の・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・お父さんはおれが生れるときなくなられたのだ。」俄かにラクシャンの末子が叫ぶ。「火が燃えている。火が燃えている。大兄さん。大兄さん。ごらんなさい。だんだん拡がります。」ラクシャン第一子がびっくりして叫ぶ。「熔岩、用意っ。灰をふ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・人間は生れるときから死ぬまで恋愛ばかりに没頭しているのではありません。又、他人の恋愛問題と自分のそれとは全然個々独立したもので、それぞれ違った価値と内容運命とを持っている筈のものです。恋愛とさえ云えば、十が十純粋な麗わしい花であるとも思えま・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・働いて生きてゆかなければならないということを理解する人民の女性としてのその心から自主的な協力が生れるし、自主的な協力の理解をもった女性のところへこそ、はじめて浮気でない、いわゆるエティケットでない協力ということをまじめに理解した男性が見出さ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・有名な、占有は盗みだという語なんぞも、プルウドンが生れるより二十年も前に、Brissot が云っている。プルウドンという人は先ず弁論家というべきだろう。それからバクニンは、莫斯科と彼得堡との中間にある Prjamuchino で、貴家の家に・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・もう一月で子供が生れることになっていたからである。 ツァウォツキイは無縁墓に埋められたのである。ところがそこには葬いの日の晩までしかいなかった。警察の事に明るい人は誰も知っているだろうが、毎晩市の仮拘留場の前に緑色に塗った馬車が来て、巡・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・根の確かな人から貧弱な果実が生まれるはずはない。五 古来の偉人には雄大な根の営みがあった。そのゆえに彼らの仕事は、味わえば味わうほど深い味を示してくる。 現代には、たとい根に対する注意が欠けていないにしても、ともすればそ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・そうしてすべて偉大なるものは大いなる愛から生まれる。偉人は凹んでいるように見える時に完全な征服を行っている。彼は愛を以て勝つのである。真に人格を以て克つのである。我を以て争う時にはどんなに弱いものでも刃向って来る。嘲笑や皮肉によっては何者も・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫