・・・人間はいやでもこの空の下で、そこから落ちて来る風に吹かれながら、みじめな生存を続けて行かなければならない。これは何と云う寂しさであろう。そうしてその寂しさを今まで自分が知らなかったと云う事は、何と云うまた不思議な事であろう。何小二は思わず長・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・哲学の実行という以外に我々の生存には意義がない。詩がその時代の言語を採用したということも、その尊い実行の一部であったと私は見る。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ むろん、用語の問題は詩の革命の全体ではない。 そんなら将・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・で時に自ら恥ずる感あるべきも、始め神の恵みを疎にして、下劣界に迷入せる彼等は、品性ある趣味に対すれば、却て苦痛を感ずる迄に堕落し、今に於て悔ゆるも如何とも致し難き感あるに相違ない、さりとて娯楽なしには生存し難き人間である以上、それを知りつつ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・売薬や袋物を売ったり、下駄屋や差配人をして生活を営んでる傍ら小遣取りに小説を書いていたのを知っていた、今日でこそ渠等の名は幕府の御老中より高く聞えてるが其生存中は袋物屋の旦那であった、下駄屋さんであった、差配の凸凹爺であった。社会の公民とし・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「しかしながらわれらは外に失いしところのものを内において取り返すを得べし、君らと余との生存中にわれらはユトランドの曠野を化して薔薇の花咲くところとなすを得べし」と彼は続いて答えました。この工兵士官に預言者イザヤの精神がありました。彼の血管に・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・正しく生存する姿は、決して、自然との闘争でなくして、調和であると信ぜられるが故、たとえ虫にもせよ、意識的に殺したと考えると、いい知れぬ、さびしい気がしたのです。 学校へ行く男の子が、虫の標本をつくるといって、いろ/\のせみを苦心して、木・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・なぜなら、彼等は、自ら生存し、自ら楽しみ、自ら種族を遺す自由を有しているからです。 曾て、彼等の祖先によって、この地球が征服されていた時代があったことを考えなければならぬ。そして、また気候の変化したる幾万年の後に至るも果して、今日の如く・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・このことだけは君もよく/\腹に入れてかゝらないと、本当に君という人は吾々の周囲から、……生存出来ないことになるぜ! 世間には僕のような風来坊ばかし居ないからね」 今にも泣き出しそうに瞬たいている彼の眼を覗き込んで、Kは最後の宣告でも下す・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 喬はその話を聞いたとき、女自身に病的な嗜好があるのなればとにかくだがと思い、畢竟廓での生存競争が、醜いその女にそのような特殊なことをさせるのだと、考えは暗いそこへ落ちた。 その女はおしのように口をきかぬとS―は言った。もっとも話を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・彼らは私の静かな生活の余徳を自分らの生存の条件として生きていたのである。そして私が自分の鬱屈した部屋から逃げ出してわれとわが身を責め虐んでいた間に、彼らはほんとうに寒気と飢えで死んでしまったのである。私はそのことにしばらく憂鬱を感じた。それ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫