・・・薄暗い妾宅をなつかしく思うのは、風鈴の音凉しき夏の夕よりも、虫の音冴ゆる夜長よりも、かえって底冷のする曇った冬の日の、どうやら雪にでもなりそうな暮方近く、この一間の置炬燵に猫を膝にしながら、所在なげに生欠伸をかみしめる時であるのだ。彼は窓外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ アア、アアとけったるそうな、生欠伸をして、「さあ御晩のしたくだ、 この頃の水道の冷たさは、床の中では分らないねえ。と云って、ボトボトと立ちあがった。「ほんにすまん事、 堪仁(しとくれやす。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 生欠伸をする声が内部でした。「あああ」 そのような女役者が夜になると山中鹿之助を演じた。「いらっしゃーい! お二人さんお二階」 チョンチョンと下足札を鳴らすが、小屋は満員で、騒然としていて、顔役は、まがい猟虎の襟付外套・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
出典:青空文庫