・・・そうしてその庁堂の素壁へ、一幀の画幅を懸けさせました。「これがお望みの秋山図です」 煙客翁はその画を一目見ると、思わず驚嘆の声を洩らしました。 画は青緑の設色です。渓の水が委蛇と流れたところに、村落や小橋が散在している、――その・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・こんな時に画幅など見たって何の興味があろう。岡村が持って来た清朝人の画を三幅程見たがつまらぬものばかりであった、頭から悪口も云えないで見ると、これも苦痛の一つで、見せろなど云わねばよかったと後悔する。何もかも口と心と違った行動をとらねばなら・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・尤もその頃は今の展覧会向きのような大画幅を滅多に描くものはなかったが、殊に椿岳は画を風流とする心に累せられて、寿命を縮めるような製作を嫌っていた。十日一水を画き五日一石を画くというような煩瑣な労作は椿岳は屑しとしなかったらしい。が、椿岳の画・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・もし真にわが一心をこの画幅とこの自然とに打ち込むなら大砲の音だって聞こえないだろうと。そこで画板にかじりつくようにして画きはじめた。しかし何の益にも立たない、僕の心は七分がた後ろの音に奪われているのだから。 そこでまたこうも思った、何も・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・人の家の床の間に画幅の掛けられているのを見て、直にその家の主人を以て美術の鑑賞家となす事の当らざるに似ているであろう。世にはまた色紙短冊のたぐいに揮毫を求める好事家があるが、その人たちが悉く書画を愛するものとは言われない。 祖国の自然が・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫