・・・今にきっとシャヴルの代りに画筆を握るのに相違ない。そのまた挙句に気違いの友だちに後ろからピストルを射かけられるのである。可哀そうだが、どうも仕方がない。 保吉はとうとう小径伝いに玄関の前の広場へ出た。そこには戦利品の大砲が二門、松や笹の・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・死ぬくらいなら俺は画をかきながら死ぬ。画筆を握ったままぶっ倒れるんだ。おい、ともちゃん、悪態をついてるひまにモデル台に乗ってくれ。……それにしても花田や青島の奴、どうしたんだ。瀬古 全くおそいね。計略を敵に見すかされてむざむざと討ち死・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・父の画伯は、画筆を捨てて立ち上った。「なんだ。」 母はどもりながらも電話の内容の一切を告げた。聞き終った父は、しゃがんで画筆を拾い上げ、再び画布の前に腰をおろして、「お前たちも、馬鹿だ。あの男の事は、あの男ひとりに始末させたらい・・・ 太宰治 「花火」
・・・ことをその画筆で示したケーテ・コルヴィッツを忘却することは不可能である。芸術家としてのそのような存在が記念碑的でなかったといい得る者はないはずである。〔一九四一年三月。一九四六年六月補〕 追記 一九五〇年二月、新海覚雄氏によって・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・見つめずにはいられない熱い思いがあり、あの優美な手を、そのゆたかな胸におき添えずにはいられない鼓動のつよさがあったのだと思う、そして、また、レオナルドは、何と敏感にそれを感じとり、自分の胸につたえつつ画筆にうつしているだろう。描かれる美しい・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫