・・・私の机の上には、クロームの腕時計[自注24]に小さい金の留金のついたのが、イタリー風の彫刻をした時計掛にかかってのっている。この時計は不正確なような正確なような愛嬌のある奴です。この頃は大体正確でね。日に幾度か私に挨拶をされています。夏にな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・金属製で外側はイギリス好みの濃い赤でぬられているところへ、茶色エナメルでがんじょうな〆皮と金ピカの留金とがついている。それはただ平ったい上に描かれているのではなかった。ちゃんとさわってみると〆皮のところは〆皮のように、留金のところはそのよう・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・歴史の野蛮な留金がはずされて、くりひろげられた世代の欲求のうちに、重吉の感じる共感が響いているのであった。あるときに、ひろ子を殆ど涙ぐませるのは、その共感に応える重吉の態度の諄朴さと、普通にない世馴れなさであった。重吉の挙止には、ひそめられ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映に輝く程強く彼の肩を揺すって笑い出した。 ネーにはナポレオンのこの奇怪な哄笑の心理がわからなかった。ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫