・・・これもやっと体得して見ると、畢竟腰の吊り合一つである。が、今日は失敗した。もっとも今日の失敗は必ずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝九時前後に人力車に乗って会社へ行った。すると車夫は十二銭の賃銭をどうしても二十銭よこせと言う。おまけに俺をつ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・牧野がすぐ後を歩きながら、とうとう相手に気づかれなかったのも、畢竟は縁日の御蔭なんだ。「往来にはずっと両側に、縁日商人が並んでいる。そのカンテラやランプの明りに、飴屋の渦巻の看板だの豆屋の赤い日傘だのが、右にも左にもちらつくんだ。が、お・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・然し聖書の内容は畢竟凡ての芸術以上に私を動かします。芸術と宗教とを併説する私の態度が間違って居るのか、聖書を一箇の芸術とのみ見得ない私が間違って居るのか私は知りません。 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・天才とは畢竟創造力の意にほかならぬ。世界の歴史はようするに、この自主創造の猛烈な個人的慾望の、変化極りなき消長を語るものであるのだ。嘘と思うなら、かりにいっさいの天才英雄を歴史の上から抹殺してみよ。残るところはただ醜き平凡なる、とても吾人の・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・それらの人々に同情するということは、畢竟私自身の自己革命の一部分であったにすぎない。もちろん自分がそういう詩を作ろうという気持になったこともなかった。「僕も口語詩を作る」といったようなことは幾度もいった。しかしそういう時は、「もし詩を作るな・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・アレだけの筆力も造詣もありながら割合に大作に乏しいのは畢竟芸術慾が風流心に禍いされたのであろう。椿岳を大ならしめたのも風流心であるが、小ならしめたのもまた風流心であった。 椿岳を応挙とか探幽とかいう巨匠と比較して芸術史上の位置を定めるは・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・濁流の渦巻く政界から次第に孤立して終にピューリタニックの使命に潜れるようになったは畢竟この潔癖のためであった。が、ドウしてYに対してのみ寛大であったろう。U氏は「沼南は不可解だ、神乎愚人乎」とその後しばしば私に話したが、私にも実はマダ謎であ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それだのにこうして医者にも見せずにしかも幼児の守をさして置くのは畢竟貧しいが為ではなかろうか。人は境遇によって自然と奮闘する力の強弱がある。此児は果して生を保ち得ようか? ある静かな日の午後である。此家から老女の声と若い女の声とが聞えた。老・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・ 喬はその話を聞いたとき、女自身に病的な嗜好があるのなればとにかくだがと思い、畢竟廓での生存競争が、醜いその女にそのような特殊なことをさせるのだと、考えは暗いそこへ落ちた。 その女はおしのように口をきかぬとS―は言った。もっとも話を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ ところが突然鉄也さんが鉄砲腹をやって死んでしまった、廃人は廃人であるがやはり独り子に相違ない、これまでに狂気のなおるという薬はなんでも試みて、うの字峠の谷で打った岩烏も畢竟は狂気の薬であったそうである。それが今は無残の最後を遂げてもう・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫