・・・ 同一人にとっても、問いの所在ならびに解決方途の異なるにしたがって、かような指導書もまた推移していく。私にとってはそれはカルル・ヒルティの『眠られぬ夜のため』であった時期もあった。『歎異鈔』であった時期もあった。禅宗の普覚大師ノ書であっ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・これが、自然主義作家でも田山花袋とは異なるところで、より多く、新興ブルジョアジーのイデオロギーを反映していたあとが見られる。そして、独歩自身は多く窮迫の生活をしたにかゝわらず、階級的には支配階級の立場に立っていた。その階級的制約が、水兵たち・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・さらばそれも見んとて老媼にわかれ立出で、それとおぼしき家にことわりいいて、突と裏の方に至り見るに、大さのやや異なるのみにて、ここのもそのさま前のと同じく、別に見るべきところもなし。ただここにはそれと知れたる外に、穴の口全く埋もれしままにて、・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・並行線をなして居るのは、作者の思想や感情や趣味が当時の実社会と同じであるところより生じ、交叉線をなすのは作者の思想感情趣味が当時の実社会と異なるところより生ずるのであります。京伝だの三馬だの一九だのという人々は即ち並行線的作者で、その思想も・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・人びとの遺伝の素質や四囲の境遇の異なるのにしたがって、その年齢は一定しないが、とにかく一度、健康・知識が旺盛の絶頂に達する時代がある。換言すれば、いわゆる、「働きざかり」の時代がある。故に、道徳・知識のようなものにいたっては、ずいぶん高齢に・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 蓋し人が老いて益々壯んなのは寧ろ例外で、或る齢を過ぎれば心身倶に衰えて行くのみである、人々の遺伝の素質や四囲の境遇の異なるに従って、其年齢は一定しないが、兎に角一度健康・精力が旺盛の絶頂に達するの時代がある、換言すれば所謂「働き盛り」・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 視覚的映画に聴覚的な音響を付加することは本質的に異なる別の次元を新たに増加することであるが、色彩の付加は単に視覚的なものの属性の補充に過ぎない。それだから、たとえば色彩再現の科学的技術がいかに発達したとしても、それがために発声映画がも・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・これがある時は石畳みの街路の上に、ある時は岩山の険路の上にまたある時は砂漠の熱砂の上に、それぞれに異なる音色をもって響くのである。 これらの音につれてスクリーンに現われる映像は、ただの殺風景な兵隊の行列である。これがその場面場面でいろい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・互いに異なる風土からは互いに異なる芸術が発生するのは当然の事であろう。そして、この風土特種の感情を遺憾なく発揮する処に、凡ての大なる芸術の尽きない生命が含まれるのではあるまいか。 雪の降る最中、自分はいつものように霊廟を訪ねた事があった・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その平生を見れば毫も凡衆と異なるところなくふるまっているかも知れぬ。しかしひとたび筆を執って喧嘩する吾、煩悶する吾、泣く吾、を描く時はやはり大人が小児を視るごとき立場から筆を下す。平生の小児を、作家の大人が叙述する。写生文家の筆に依怙の沙汰・・・ 夏目漱石 「写生文」
出典:青空文庫