・・・翅の薄い、体の軟い弱い蝶々は幾万とかたまって空を覆って飛び、疲れると波の上にみんなで浮いて休み、また飛び立って旅をつづけ、よく統制がとれて殆ど落伍するものなく移動を成就するのだそうである。歴史の一こまを前進させるという人類の最も高貴な事業が・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・ 母親は保守的になって、しかも仏いじりの代りに国体を云々するようにその強い気質をおびきよせられているのであった。 疲れるといけないからと母親をかえして、元のコンクリートの渡りを、鼻緒のゆるんだアンペラ草履で渡って来ると、主任が、・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・私は今、回復期のきわめて滑稽な状態で、自分の疲れ方が見当がつかないところがあって、どの位まで動いたら気持よく眠れる程度に疲れるのかわからないでまごついています。どうもボタンなんかをみつめて目玉をくりむくと、てき面にひどく疲れて工合悪く、昨日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・体も疲れると心臓が苦しいので氷嚢を当てますが、それ程疲れなければ平気であるし大体私は夏は精神活動も活溌だから、近々に又小さい家をもって、今度は誰か家のことをしてくれるひとを見つけて、単純に、しかも充実した美しい生活をやるつもりです。 今・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・人間として密度の細かい心の疲れる性質と思われる。 芸術座の人々が、自分達の持って生れた言葉でやってさえ、なかなかうまく行かなかったのだそうだから、翻訳文の欠点が当然つきまとう外国語でして、いきなり本物になれないのは寧ろあたりまえであろう・・・ 宮本百合子 「「三人姉妹」のマーシャ」
・・・ドウも疲れるよ。一体女というものには少しも禅気がないからナ。女はみんな魔のさしてるものだよ。」 そして、女の仲間へゆくと自分がすっかり無言になって、非常に縮って、顔が熱くなって来て気が遠くなったような心持がして「この腕もトンと揮えんてナ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 千世子が下で、疲れるんだって、と云った時、微妙な一種の表情があったので、なほ子は、屡々ある不眠の結果だろうと思っていた。まさ子は数年来糖尿病で、神経系統に種々故障があるのであった。「――じゃ今日だけ一寸臥ていらっしゃるんじゃなかっ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・病人を見て疲れると、この髯の長い翁は、目を棚の上の盆栽に移して、私かに自ら娯むのであった。 待合にしてある次の間には幾ら病人が溜まっていても、翁は小さい煙管で雲井を吹かしながら、ゆっくり盆栽を眺めていた。 午前に一度、午後に一度は、・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ヨーロッパが苦しみ疲れるのをあたかも自分の幸福であるがごとく感じている日本人は、やがて世界の大道のはるか後方に取り残された自分を発見するだろう。それはのんきな日本人が当然に受くべき罰である。 我々はこの際他人の不幸を喜ぶような卑しい快活・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・腕が疲れる。苦しくなる。理想の焔に焼かれている者は、腕がしびれても、眼が眩んでも、歯を食いしばってその石をささげ続ける。彼の心は、神の手がその石を受け取ってくれる瞬間のためにあえいでいる。しかしこれと異なった態度の人は、腕が疲れて来るに従っ・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫