・・・内府も始終病身じゃと云うが、平家一門のためを計れば、一日も早く死んだが好い。その上またおれにしても、食色の二性を離れぬ事は、浄海入道と似たようなものじゃ。そう云う凡夫の取った天下は、やはり衆生のためにはならぬ。所詮人界が浄土になるには、御仏・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・しかしこれは病身ながらも二人の子供の母になっている。僕の「点鬼簿」に加えたいのは勿論この姉のことではない。丁度僕の生まれる前に突然夭折した姉のことである。僕等三人の姉弟の中でも一番賢かったと云う姉のことである。 この姉を初子と云ったのは・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・が、その父親が歿くなって間もなく、お敏には幼馴染で母親には姪に当る、ある病身な身なし児の娘が、お島婆さんの養女になったので、自然お敏の家とあの婆の家との間にも、親類らしい往来が始まったのです。けれどもそれさえほんの一二年で、お敏は母親に死な・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 幕府の時分旗本であった人の女で、とある楼に身を沈めたのが、この近所に長屋を持たせ廓近くへ引取って、病身な母親と、長煩いで腰の立たぬ父親とを貢いでいるのがあった。 八 少なからぬ借金で差引かれるのが多いのに、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・正ちゃんは十二歳で、病身だけに、少し薄のろの方であった。 ある日、正ちゃんは、学校のないので、午前十一時ごろにやって来た。僕は大切な時間を取られるのが惜しかったので、いい加減に教えてすましてしまうと、「うちの芸者も先生に教えていただ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・尤も病身のために時には気むずかしくなられたのは事実だろう。子供のことには好く心を懸けられる性質で、日曜日には子供がめいめいの友達を伴れ込んで来るので、まるで日曜幼稚園のようだと笑っていられた。 作から見れば夏目さんはさぞかし西洋趣味の人・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ なにをするにしても、病身であって、思うように力が出ず、疲れていましたから、ほんとうに、どうしたら旅費がつくれるだろうと考えながら、少年は路を歩いていました。 少年の頭には、このばあい浮かんだものは、乞食をするということよりほかに、・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・その子の手は、家にいる病身な母親を助けて働くので、私の枝が霜に痛んでいるよりも、もっと風と霜とに傷んでいます。寒い、寒い日には、はれあがった手の甲から血がにじんでいます。 その子の家には、妹があります。弟があります。父親は、死んでしまっ・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・僕の妹は、病身で、家にばかりいて、なんの楽しみもありませんから、人形を送っていただいたら、たいへんに喜ぶだろうと思うのです。」「じゃ、東京へ帰ったら、きっときれいな人形を送ります。君はなかなか感心な子だ。こんど東京へ出たら、かならず寄っ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・私はこれをきき、そしていま、単身よく障碍を切り抜けて、折角名人位挑戦者になりながら、病身ゆえに惨敗した神田八段の胸中を想って、暗然とした。 東京の大阪に対する反感はかくの如きものであるか。しかし、私はこれはあくまで将棋界のみのこととして・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
出典:青空文庫