・・・ 夜更けの往来は靄と云うよりも瘴気に近いものにこもっていた。それは街燈の光のせいか、妙にまた黄色に見えるものだった。僕等は腕を組んだまま、二十五の昔と同じように大股にアスファルトを踏んで行った。二十五の昔と同じように――しかし僕はもう今・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・するとほどなくあの婆娑羅の神が、まるで古沼の底から立つ瘴気のように、音もなく暗の中へ忍んで来て、そっと女の体へ乗移るのでしょう。お敏は次第に眼が据って、手足をぴくぴく引き攣らせると、もうあの婆が口忙しく畳みかける問に応じて、息もつかずに、秘・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そして、反抗や焦燥や、すべてほんとの心の足並みを阻害する瘴気の燃き浄められた平静と謙譲とのうちに、とり遺された大切な問題が、考えられ始めたのである。「自分は、彼等を愛した。それは確かである」けれども、その愛が不純であり、無智であ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫