・・・文学として立派に職業たらしむるだけの報酬を文人に与え衣食に安心して其道に専らなるを得せしめ、文人をして社会の継子たるヒガミ根性を抱かしめず、堂々として其思想を忌憚なく発露するを得せしめて後初めて文学の発達を計る事が出来る。文人が社会を茶にし・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・これはもとより望ましきものではないが、それは人間苦悩の哀れむべき相であって、またそれを通じて美しき人間性の発露もあり得る。日本民族独特の情死の如きは、もっと鞏固な意志と知性とが要求されるとはいえ、またそうでなければ現われることのできない人心・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 何となれば、死生の際が人を詩化せしむる如く、戦争は、国民を詩化せしむるものにして、死生の際が人情の極致を発露する如く、戦争は実に、国民品性の極致を発露すべきものなれば也。死生の際が人情の極致を発露する時なりとして詩歌に、小説に、美文に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・先生の文章は先生の至誠至忠の人格の発露であった。是れ先生の文章の常に真気惻々人を動かす所以であって、而も陽春白雪利する者少き所以である。而して単に其文字から言っても、漢文の趣味の十分に解せられない今日に於て、多数人士の愛読する所とならぬは当・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・尊い犠牲心の発露なのである、二人づれで来ると、たいていひとりは、みずからすすんで一座の犠牲になるようだ。そうしてその犠牲者は、妙なもので、必ず上座に坐っている。それから、これもきまったように、美男子である。そうして、きっと、おしゃれである。・・・ 太宰治 「散華」
・・・天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫や鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないかと思う次第である。・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
夏目先生が未だ創作家としての先生自身を自覚しない前に、その先生の中の創作家は何処かの隙間を求めてその創作に対する情熱の発露を求めていたもののように思われる。その発露の恰好な一つの創作形式として選ばれたのが漢詩と俳句であった・・・ 寺田寅彦 「夏目先生の俳句と漢詩」
・・・ 風雅の精神の萌芽のようなものは記紀の歌にも本文の中にも至るところに発露しているように思われる。ただその時代にはそれがまだ寂滅の思想にしみない積極的な姿で現われている。しかるに万葉から古今を経るに従って、この精神には外来の宗教哲学の消極・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・すると結局日常生活の仕事の上には、自分のようなものも健全な人も、からだの自覚から受ける影響はたいしたものではないかもしれないが、しかしこれほど根本的な肉体的の差別がどこかに発露しないはずはない。 それで、これから告白しようとする私の奇妙・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・家庭生活と結びついたものとしていわれているかのようでありながら、そういう観念の発生の歴史をさかのぼって見れば、現代でいう家庭の形が父権とともに形成せられはじめたそもそもから、女ののびのびとした自然性の発露はある絆をうけて、決して万葉時代のよ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫