・・・中々元気のよい講義をする人で、調子附いて来ると、いつの間にか、英語の発音がドイツ語的となって、ゲネラチョーン・アフタ・ゲネラチョーン*1などとなった。こういう外人の教師と共に、まだ島田重礼先生というような漢学の大儒がおられた。先生は教壇に上・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・ 長女茉莉子さんの長子が、やはり西洋風の発音で、漢字名をつけられている。そのように、根はひろく、ふかいのである。 卓抜な芸術家は人間的磁力がきついものである。家庭のまわりのものに影響の及ぼさぬ程の熱気とぼしい存在で、巨大な芸術的天分・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 母のアンリエットは、オランダ生れのユダヤ婦人でユダヤ語とはちがうドイツ語を、完全に発音さえ出来なかった。博識な良人につれそう家事的な情愛深い妻としてアンリエットは、息子カールに対しても、言葉のすくない母の愛で、その精神と肉体とをささえ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 華やかな衣の中で、長閑らしく、首を動かしたり、咲いた許りの花の様な手を、何か欲しげに袖から出して振って居る様子は、その体があんまり肥えて居るから、あんまり可愛い顔だから、ベビーと云う発音に如何にもつり合って居る。「赤坊」と云う音よ・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・声は低いが発音は好い。すらすらと読むのを私は聞いていて、意味をはっきり聞き取ることが出来た。「もう好いから、君その意味を言って聞かせ給え」と、私は云った。 F君は殆ど術語のみから組み立ててある原文の意味を、苦もなく説き明かした。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・平凡な詞に、発音で特別な意味を持たせることも出来ます。あの時あなたわたくしに「どうです」とそうおっしゃいましたね。御挨拶も大した御挨拶ですが、場所が場所でしたわね。わたくしは「結構」と御返事いたしました。窓硝子はがちゃがちゃ云う。車輸はがら・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ 栖方の発音では父島が千島と聞えるので、千島へどうしてと梶が訊ね返すと、チチジマと栖方は云い直した。「実験をすませて来たのですよ。成功しました。一番早く死ぬのは猫ですね。あれはもう、一寸光線をあてると、ころりと逝く。その次が犬です。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ この Genumenschという言葉を、木下は誇らしく発音した。そうでないと言われるのが自分には不満に感じられたほどに。でその時はこういう結論で物別れになったのが、気持ちよくなかった。しかしこの言葉が自分の頭に残って、幾度か反復せられ・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・ことに私は、今振り返ってみると、日本人らしい accent で彼の思想感情を発音したように感じる。それにはギリシア及びキリスト教文明の教養の乏しいことも原因となっているに相違ない。しかしなお他に動かし難い必然がありはしないか。 私は近ご・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・漢字をいきなり象形文字と考えるのは非常な間違いで、音を写した文字の方が多いこと、同じ音で偏だけ異なっているのは偏によって意味の違いを表示したもので、発音的には同一語にほかならないこと、従って一つの音を表示する基準的な文字があれば、象形的に全・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫