・・・自分が姉を見上げた時に姉は白地の手拭を姉さん冠りにして筒袖の袢天を着ていた。紫の半襟の間から白い胸が少し見えた。姉は色が大へん白かった。自分が姉を見上げた時に、姉の後に襷を掛けた守りのお松が、草箒とごみとりとを両手に持ったまま、立ってて姉の・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・向う正面の坂を、一頭だけ取り残されたように登って行く白地に紫の波型入りのハマザクラを見ると、寺田の表情はますます歪んで行った。出遅れた距離を詰めようともせず、馬群から離れて随いて行くのは、もう勝負を投げてしまったのだろうか。ハマザクラはもう・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・あ、間違って入ったのかと、私はあわてて扉の外へ出ると、その隣の赤い灯が映っている硝子扉を押した途端、白地に黒いカルタの模様のついた薩摩上布に銀鼠色の無地の帯を緊め、濡れたような髪の毛を肩まで垂らして、酒にほてった胸をひろげて扇風機に立ってい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・宵から戸を閉めてしまうなれど夏はそうもできず、置座を店の向こう側なる田のそばまで出しての夕涼み、お絹お常もこの時ばかりは全くの用なし主人の姪らしく、八時過ぎには何も片づけてしまい九時前には湯を済まして白地の浴衣に着かえ団扇を持って置座に出た・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・私の白地の浴衣も、すでに季節はずれの感があって、夕闇の中にわれながら恐しく白く目立つような気がして、いよいよ悲しく、生きているのがいやになる。不忍の池を拭って吹いて来る風は、なまぬるく、どぶ臭く、池の蓮も、伸び切ったままで腐り、むざんの醜骸・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・こんな身の上のままに秋も過ぎ、冬も過ぎ、春も過ぎ、またぞろ夏がやって来て、ふたたび白地のゆかたを着て歩かなければならないとしたなら、それは、あんまりのことでございます。せめて来年の夏までには、この朝顔の模様のゆかたを臆することなく着て歩ける・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・ 普通の白地に黒インキで印刷した文字もあった。大概やっと一字、せいぜいで二字くらいしか読めない。それを拾って読んでみると例えば「一同」「円」などはいいが「盪」などという妙な文字も現われている。それが何かの意味の深い謎ででもあるような気が・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・その前には麦藁帽の中年の男と、白地に赤い斑点のはいった更紗を着た女とが、もたれ合ってギターをかなでる。船尾に腰かけた若者はうつむいて一心にヴァイオリンをひいている。その前に水兵服の十四五歳の男の子がわき見をしながらこれもヴァイオリンの弓を動・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ その日の中村氏は白地の勝った絣を着ていたような気がする。穏やかで、パッシイヴで、そしてどこか涼しい感じのする人であった。 中村氏が田中舘先生の御宅へ、最初のスケッチをしに来られた時には、自分も中村先生と一緒に見に行った。八つ切りく・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・ 王は黄金を飾った兜をきて、白地に金の十字をあらわした盾と投げ槍とを持ち、腰にはネーテと名づける剣を帯び、身には堅固な鎖帷子を着けていた。 美しい天気であったのが、戦が始まると空と太陽が赤くなって、戦の終わるころには夜のように暗くな・・・ 寺田寅彦 「春寒」
出典:青空文庫