・・・過ぎて、いつもならば九時前には吉次の出て来るはずなるを、どうした事やらきのうも今日も油さえ売りにあるかぬは、ことによると風邪でも引いたか、明日は一つ様子を見に行ってやろうとうわさをすれば影もありありと白昼のような月の光を浴びてそこに現われ、・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「若し彼女が大東館にでも宿泊っていたら、僕と白昼出会わすかも知れない、僕は見るのも嫌です。往来で会うかも知れません如斯な狭い所ですから。」「会っても知らん顔していれば可いじゃア御座いませんか。」「不愉快です。殊に今度貴女に会った・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・もはや電燈が点いて白昼のごとくこの一群の人を照らしている。人々は黙して正作のするところを見ている。器械に狂いの生じたのを正作が見分し、修繕しているのらしい。 桂の顔、様子! 彼は無人の地にいて、我を忘れ世界を忘れ、身も魂も、今そのなしつ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・の痕淋漓たる十露盤に突いて湯銭を貸本にかすり春水翁を地下に瞑せしむるのてあいは二言目には女で食うといえど女で食うは禽語楼のいわゆる実母散と清婦湯他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へ転げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・このときの思い出だけは、霞が三角形の裂け目を作って、そこから白昼の透明な空がだいじな肌を覗かせているようにそんな案配にはっきりしている。祖母は顔もからだも小さかった。髪のかたちも小さかった。胡麻粒ほどの桜の花弁を一ぱいに散らした縮緬の着物を・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ 笹島先生、白昼から酔っぱらって看護婦らしい若い女を二人ひき連れ、「や、これは、どこかへお出かけ?」「いいんですの、かまいません。ウメちゃん、すみません客間の雨戸をあけて。どうぞ、先生、おあがりになって。かまわないんですの。」・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・かれら夫婦ひと月ぶんの生活費、その前夜に田舎の長兄が送ってよこした九十円の小切手を、けさ早く持ち出し、白昼、ほろ酔いに酔って銀座を歩いていた。老い疲れたる帝国大学生、袖口ぼろぼろ、蚊の脛ほどに細長きズボン、鼠いろのスプリングを羽織って、不思・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・あれこれ考えながら、白く乾いた相川のまちを鞄かかえて歩いていたが、どうも我ながら形がつかぬ。白昼の相川のまちは、人ひとり通らぬ。まちは知らぬ振りをしている。何しに来た、という顔をしている。ひっそりという感じでもない。がらんとしている。ここは・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・そうして、そういうことが白昼烈日の下に行われ、しかもその下でなければ行われ難いところに妙味があるようである。しかしあまり度々こんな悪戯をやると警官に怪しまれるであろうが一度だけは大丈夫成功するであろうと思われる。それはとにかく、このヘリオト・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・このようにして、白昼帝都のまん中で衆人環視の中に行なわれた殺人事件は不思議にも司直の追求を受けずまた市人の何人もこれをとがむることなしにそのままに忘却の闇に葬られてしまった。実に不可解な現象と言わなければなるまい。 それはとにかく、実に・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫