・・・言わば白粉ははげ付け髷はとれた世にもあさましい老女の化粧を白昼烈日のもとにさらしたようなものであったのである。 これに反してまた、世にも美しいながめは雪の降る宵の銀座の灯の町である。あらゆる種類の電気照明は積雪飛雪の街頭にその最大能率を・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかしこれが人を殺すための道具だと思って見ると、白昼これを電車の中に持ち込んで、誰も咎める人のないのみならず、何の注意すらも牽かないのが不思議なようにも思われた。 結局絵は一枚も描かないで疲れ切って帰って来たのであった。しかしケンプェル・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の乾いた街を歩いていた。あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。此所に現実している物は、普通・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ミネルバの梟は、もはや暗い洞窟から出て、白昼を飛ぶことが出来るだろう。僕はその希望を夢に見て楽しんでいる。 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・もし白昼にまなこを正しく開くならば、その日天子の黄金の征矢に伐たれるじゃ。それほどまでに我等は悪業の身じゃ。又人及諸の強鳥を恐る。な。人を恐るることは、今夜今ごろ講ずることの限りでない。思い合せてよろしかろう。諸の強鳥を恐る。鷹やはやぶさ、・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・草木が宇宙の季節を感じるように、一日に暁と白昼と優しい黄昏の愁があるように、推移しずにはいません。いつか或るところに人間をつき出します。それが破綻であるか、或いは互いに一層深まり落付き信じ合った愛の団欒か、互いの性格と運とによりましょが、い・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・此深い白昼の沈黙と溢れる光明の裡に座して私、未熟なる一人の artist は何を描こう。空想は重く、思惟は萎えてただ 只管のアンティシペーションが内へ 内へ肉芽を養う胚乳の溶解のように融け入るのだ。・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・―― それにしても、このような空想的遠征を、旧銀座通りの白昼にしたのは、私ばかりであったろうか。 身なりもかまわず、風が誘うと一枚の木の葉のようにあの街頭に姿を現し、目的もなく、買う慾もなく、ただ愉しんで美を吸い込んで歩いたのは・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・それに何事ぞ、奸盗かなんぞのように、白昼に縛首にせられた。この様子で推すれば、一族のものも安穏には差しおかれまい。たとい別に御沙汰がないにしても、縛首にせられたものの一族が、何の面目あって、傍輩に立ち交わって御奉公をしよう。この上は是非にお・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・父が箱の蓋を取って見て、白昼に鬼を見て、毒でもなんでもない物を毒だと思って怖れるよりは、箱の内容を疑わせて置くのが、まだしもの事かと思う。 秀麿のこう思うのも無理は無い。明敏な父の子爵は秀麿がハルナックの事を書いた手紙を見て、それに対す・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫