・・・ ペーチカへ、白樺の薪を放りこんだワーシカは、窓の傍によって聴き耳を立てた。二重硝子を透して遠くに、対岸の黒河の屋根が重い支那家屋の家なみが、黒く見えた。すべてがかたまりついた雪と氷ばかりだ。部分部分が白く、きらきらと光っていた。 ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・蹄鉄に蹴られた礫が白樺の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸のケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。 騎馬の男は、靄に包まれて、はっきりその顔形が見分けられなか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・足あとは血を引いて、一町ばかり行って、そこで樹々の間を右に折れ、左に曲り、うねりうねってある白樺の下で全く途絶えていた。そこの雪は、さん/″\に蹴ちらされ、踏みにじられ汚されていた。凍ったかち/\の雪に、血が岩にしみこんだようになっていた。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 遠くに見えている白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。手入をせられた事の無い、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。』・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ いま日本に於いて、多少ともウール・シュタンドに近き文士は、白樺派の公達、葛西善蔵、佐藤春夫。佐藤、葛西、両氏に於いては、自由などというよりは、稀代のすねものとでも言ったほうが、よりよく自由という意味を言い得て妙なふうである。ダス・ゲマ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。 私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径を、あてもなく・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・大きな白樺が五、六本折れ重なって倒れたまま朽ちかかっている。朽木の香があたりに立ち籠めている。 遠くで角笛の音がする。やがて犬の吠声、駒の蹄の音が聞えて、それがだんだんに近付いて来る。汀の草の中から鳥が飛び立って樹立の闇へ消えて行く。・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・ 草津電鉄で、駅と旧軽井沢との間に通称「白樺電車」というものを通わせている。いかにも軽井沢らしい象徴的な交通機関である。柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・で思い出すのはベルリンに住んではじめての聖霊降臨祭の日に近所の家々の入口の軒に白樺の折枝を挿すのを見て、不思議なことだと思って二、三の人に聞いてみたが、どうした由来によるものか分らなかった。ただ何となく軒端に菖蒲を葺いた郷国の古俗を想い浮べ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 銅色の太陽がもうよほど低く垂れ下がって、葉をふるった白樺の梢にぐるりぐるりと廻っているように見えた。その廻転が見ているうちにだんだんに速くなるように思われるのであった。「もう少しこれが速くなるとあぶない」そう思って私は急いでベルリ・・・ 寺田寅彦 「夢」
出典:青空文庫