・・・のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、烈しくざわざわ揺れたと思うと、後の絶壁の頂からは、四斗樽程の白蛇が一匹、炎のような舌を吐いて、見る見る近くへ下りて来るのです。 杜子春はしかし平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。 虎と蛇・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 小僧は太い白蛇に、頭から舐められた。「その舌だと思ったのが、咽喉へつかえて気絶をしたんだ。……舌だと思ったのが、糠袋。」 とまた、ぺろりと見せた。「厭だ、小母さん。」「大丈夫、私がついているんだもの。」「そうじゃな・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・轟々たる瀬のたぎりは白蛇の尾を引いて川下の闇へ消えていた。向こう岸には闇よりも濃い樹の闇、山の闇がもくもくと空へ押しのぼっていた。そのなかで一本椋の樹の幹だけがほの白く闇のなかから浮かんで見えるのであった。 これはすばらしい銅板画の・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫