・・・門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、土耳古の女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭せて、ぼんやり空ばか・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・この度や蒋侯神、白銀の甲冑し、雪のごとき白馬に跨り、白羽の矢を負いて親しく自ら枕に降る。白き鞭をもって示して曰く、変更の議罷成らぬ、御身等、我が処女を何と思う、海老茶ではないのだと。 木像、神あるなり。神なけれども霊あって来り憑る。山深・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・しばらく、うっとりとして、彼女はお嬢さまのそばで、その音にききとれていると、目の前に広々とした海が開け、緑色の波がうねり、白馬は、島の空をめがけて飛んでいる、なごやかな景色が浮かんで見えたのであります。 お嬢さまは、窓のところへ歩み寄る・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・いかにかれは零落するとも、都の巷に白馬を命として埃芥のように沈澱してしまう人ではなかった。 しかし「ひげ」の「五年十年」はあたらなかった、二十年ぶりに豊吉は帰って来た、しかも「ひげ」の「五年十年」には意味があるので、実にあたったのである・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・よほど都合のいい日でないと白馬もろくろくは飲めない仲間らしい。けれどもせんの三人は、いくらかよかったと見えて、思い思いに飲っていた。「文公、そうだ君の名は文さんとか言ったね。からだはどうだね。」と角ばった顔の性質のよさそうな四十を越した・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・村々浦々の人、すでに舟とともに散じて昼間のさわがしきに似ずいと寂びたり。白馬一匹繋ぎあり、たちまち馬子来たり、牽いて石級を降り渡し船に乗らんとす。馬懼れて乗らず。二三の人、船と岸とにあって黙してこれを見る。馬ようやく船に乗りて船、河の中流に・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・』『白馬とは違いますよ、ハハハハハハ』と、自分はふと口をすべらした。何たる残刻無情の一語ぞ、自分は今もってこの一語を悔いている。しかしその時は自分もかれの変化があまり情けないので知らず知らずこれを卑しむ念が心のいずこかに動いていたに違い・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・どうして拵えますかというと、鋏を持って行って良い白馬の尾の具合のいい、古馬にならないやつのを頂戴して来る。そうしてそれを豆腐の粕で以て上からぎゅうぎゅうと次第にこく。そうすると透き通るようにきれいになる。それを十六本、右撚りなら右撚りに、最・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、いっしょに行かぬかと言うのである。自分はついて行く気になる。馬の腹がざわざわと薄の葉を撫でる。 そこを出ると水天宮の社である。あとで考えると、このへん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「この茶碗に書いてある文字、――白馬驕不行。よせばいいのに。てれくさくてかなわん。君にゆずろう。僕が浅草の骨董屋から高い金を出して買って来て、この店にあずけてあるのだ。とくべつに僕用の茶碗としてね。僕は君の顔が好きなんだ。瞳のいろが深い。あ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫