・・・私は、百花楼というその土地でいちばん上等の旅館に泊ることにきめた。むかし、尾崎紅葉もここへ泊ったそうで、彼の金色夜叉の原稿が、立派な額縁のなかにいれられて、帳場の長押のうえにかかっていた。 私の案内された部屋は、旅館のうちでも、いい方の・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・食卓にのぼる魚の値段を、いちいち妻に問いただし、新聞の政治欄を、むさぼる如く読み、支那の地図をひろげては、何やら仔細らしく検討し、ひとり首肯き、また庭にトマトを植え、朝顔の鉢をいじり、さらに百花譜、動物図鑑、日本地理風俗大系などを、ひまひま・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・わが儘という事 文学のためにわがままをするというのは、いいことだ。社会的には二十円三十円のわがまま、それをさえできず、いま更なんの文学ぞや。百花撩乱主義 福本和夫、大震災、首相暗殺、そのほか滅茶滅茶のこと・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫