・・・ 山姥の力餅売る薄かななど戯れつつ力餅の力を仮りて上ること一里余杉樅の大木道を夾み元箱根の一村目の下に見えて秋さびたるけしき仙源に入りたるが如し。 紅葉する木立もなしに山深し 千里の山嶺を攀じ幾片の白雲を踏み砕きて上・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・陽子は足音を忍ばせ、いきなり彼女の目の下へ姿を現わしてひょいとお辞儀をした。「!」 思わず一歩退いて、胸を拳でたたきながら、「陽ちゃんたら」 やっと聞える位の声であった。「びっくりしたじゃないの。ああ、本当に誰かと思った・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そのために、アメリカの目の下で、社交性を裏づける「何か一つ」をやらなければならないという焦燥があるということがわかりました。そのために、いろいろの婦人間の動きもするということがわかりました。 これは、話している間に私の感じたことですが・・・ 宮本百合子 「往復帖」
・・・一方の隅の処は、嶮しい石崖になっていて、晴れた日には遠く指ケ谷の方が目の下に眺められる。杉か何かの生垣で、隣との境が区切られている。ぶらぶらと彼方此方歩き、眺め、自分はよく、ませ過ぎた憂愁の快よさに浸ったものだ。彼方には、皆の、恐らく子供の・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ すっきりとした初夏の服装で、大きめのハンド・バッグを左腕にかけ、婦人兵士の最後の列の閲兵を終ろうとしている王女エリザベスの目の下に、一人の婦人兵士が直立不動で立っていたその地点から足をはなさないまま、失神して仰向けに倒れている。白手袋・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・文句を云うし、どんな偉い人だって目の下で、どこまででも持ち出して行くから、ビクビクものなんですよ」 或る時女監守が女囚の一人を理由なく殴ったということから、独房の前衛婦人達が結束して抗議をはじめ、大騒ぎになった。男の方からやって来て、抑・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・地球とそこに起る出来ごとは作者の目の下にあるようだが、主人公であるラニー・バッドとは、何者だろう? その行動性をぬいたら、彼のヒューマニティにのこるのは博識と社交性とそしてすべてのものに不自由のない人間の一種底なしの虚無ではあるまいか。「ア・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・けれども目の下の旧市街は低い近東風の平屋根の波つづきで、平屋根の上には大小の壺が置いてあるのなども見えるのである。渋っぽい、うるしのような匂いのする露路へ入ると、ぎっしり並んだ箱の蓋をあけたように種々様々の韃靼人の店があった。ロシア語で「食・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ころがり落ちないような柵のあるところで、一人の女の子とそれより小さい二人の男の子とは、永い永い間、目の下に活動する汽車の様子に見とれた。汽罐車だけが、シュッ、シュッと逆行していると、そのわきを脚絆をつけ、帽子をかぶった人が手に青旗を振り振り・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・亀。目の下の黒痣まで知っている己がいる。そんなしらを切るな」 男は文吉の顔を見て、草葉が霜に萎れるように、がくりと首を低れた。「ああ。文公か」 九郎右衛門はこれだけ聞いて、手早く懐中から早縄を出して、男を縛った。そして文吉に言った。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫