・・・沼南は当時の政界の新人の領袖として名声藉甚し、キリスト教界の名士としてもまた儕輩に推されていたゆえ、主としてキリスト教側から起された目覚めた女の運動には沼南夫人も加わって、夫君を背景としての勢力はオサオサ婦人界を圧していた。 丁度巌本善・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・世間は既に政治小説に目覚めて、欧米文学の絢爛荘重なるを教えられて憧憬れていた時であったから、彼岸の風を満帆に姙ませつつこの新らしい潮流に進水した春廼舎の『書生気質』はあたかも鬼ガ島の宝物を満載して帰る桃太郎の舟のように歓迎された。これ実に新・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ しかし、こうした話が持ち上がると、自由を慕う本能が、みんなの心の中に目覚めたのでした。「ゆこう、ゆこう、ここで、こうして意気地なく、この冬を送るよりか、翼の力のつづくかぎり、広い、自由な、そして、安全な世界を探しに出かけようじゃな・・・ 小川未明 「がん」
・・・そして、強い、信念が民衆の胸に湧いた時に、また今迄の目覚めなかった人間本来の美しい感情がほんとうに目覚めた暁に、この世界の生活は、より善く、より正しく革まるのです。私は、こゝに良心ある一人を動かし、万人を動かし、やがて地上の全社会を動かす信・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。…… 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこれ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・いつもの朝寝坊が、けさに限って、こんなに早くからお目覚めになっているとは、不思議である。芸術家というものは、勘の強いものだそうだから、何か虫の知らせとでもいうものがあったのかも知れない。すこし感心する。けれども、それからたいへんまずい事をお・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・それから、何という表題の書物であったか、若い僧侶が古い壁画か何かの裸体画を見て春の目覚めを感じるという場面を非常にリアルな表現をもって話して聞かせた事があった。その時の病子規は私には非常に若々しく水々しい人のように感ぜられた。 私は『仰・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・三十年間にうけた抑圧との闘いによってプロレタリアとして目覚めた一移民労働者が、今や彼の賃金を百ドルから七十ドルに切り下げる恐慌に対して、利害の衝突する二つの資本主義国家間の泥仕合的排外主義に対し、ピオニイルの養成にも熱誠を示すというようなの・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・私は、今日女性の心の中には、新たに目覚めた人としての燃えるような意図と共に、過去数百年の長い長い間、総ての生活を受動的、隷属的に営んで、人及び自分の運命に対しては、何等能動的な権威を持ち得なかった時代の無智、無反省、無責任の遺物が潜んでいる・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・知性をゆたかならしめ広くつよくあらしめる条件が今日の社会にあって、婦人の知性の目覚めが云われているのか、それとも男が先立ってゆくこれまでの世の中のありようの野蛮さに対して婦人の知性が再び考慮にのぼって来ているのか、そのいずれなのだろうか。・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
出典:青空文庫