・・・ これらの美なる風光はわれにとりて、過去五年の間、かの盲者における景色のごときものにてはあらざりき。一室に孤座する時、都府の熱閙場裡にあるの日、われこの風光に負うところありたり、心屈し体倦むの時に当たりて、わが血わが心はこれらを懐うごと・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・それで、盲者が、話し声の反響で室の広さを判断しうるような微妙な音色の差別を再現することはまだできないのであるが、それにもかかわらず適当な雑音の適当な插入が画面の空間の特性を強調する事は驚くべきものである。通り過ぎる汽車の音の強まり弱まり消え・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし著者はこのような光景は固より盲者にとっては何らの体験にも相応しないバーバリズムに過ぎないという事を論じ、それから推論して、ケラーが彫刻を撫で廻せばその作者の情緒がよく分るといった言葉の真実性を疑っている。 私はこれを読んだ時に何だ・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・からかえって困るのである。盲者の幸福がここにもある。 とにかくこういうふうに考えれば、完全週期的な縞と不規則な縞とをひとまとめに論ずる事がそれほど乱暴でないということだけは首肯されるであろう。 以上のほかにも天然の縞模様の例はたくさ・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・トルストイのおとぎ話に牛乳の白色という観念を盲者に理解させようとしてむだ骨折りをする話がある。雪のようだと言えばそんなに冷たいかとこたえ白うさぎのようだと言えばそんなに毛深い柔らかいのかと聞きかえした。 それでもし生まれつき盲目でその上・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・現在科学の極限を見極めずして徒らに奇説を弄するは白昼提灯を照らして街頭に叱呼する盲者の亜類である。方則を疑う前には先ずこれを熟知し適用の限界を窮めなければならぬ。その上で疑う事は止むを得ない。疑って活路を求めるには想像の翼を鼓するの外はない・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・かの志士と云い、勇士と云い、智者と云い、善人と云われたるものもここにおいてかたちまちに浪人となり、暴士となり、盲者となり、悪人となる。 今の評家のあるものは、ある点においてこの教師に似ていると思う。もっとも尊敬すべき言語をもって評家を翻・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・物であって各独立したものであるというような説も或る意味から云えば真理ではあるが、近来の日本の文士のごとく根柢のある自信も思慮もなしに道徳は文芸に不必要であるかのごとく主張するのははなはだ世人を迷わせる盲者の盲論と云わなければならない。文芸の・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫