・・・「切迫詰って、いざ、と首の座に押直る時には、たとい場処が離れていても、きっと貴女の姿が来て、私を助けてくれるッて事を、堅くね、心の底に、確に信仰していたんだね。 まあ、お民さん許で夜更しして、じゃ、おやすみってお宅を出る。遅い時は寝・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ と前垂を横に刎ねて、肱を突張り、ぴたりと膝に手を支いて向直る。「何、串戯なものか。」と言う時、織次は巻莨を火鉢にさして俯向いて莞爾した。面色は凛としながら優しかった。「粗末なお茶でございます、直ぐに、あの、入かえますけれど、お・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 友人はその跡を見送って、「あいつの云う通り、僕は厭世気違いやも知れんけど、僕のは女房の器量がようて、子供がかしこうて、金がたんとあって、寝ておられさえすれば直る気違いや。弾丸の雨にさらされとる気違いは、たとえ一時の状態とは云うても・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。 かの女は黒い眼鏡を填めた。 僕は女優問題については何も言わなかった。 十二、三歳の女の子がそとから帰って来て、「姉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・とお光は美しい眉根を寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体も痩せるわ」「まあ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・その一つには、私が小さい時から人なかへ出ることを億劫がり、としとってからもその悪癖が直るどころか、いっそう顕著になって、どうしても出席しなければならぬ会合にも、何かと事を構えて愚図愚図しぶって欠席し、人には義理を欠くことの多く、ついには傲慢・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・便所へ入ってしゃがんでいると直ると云われてそれを実行したことはたしかであるが、それがどれだけ利いたかは覚えていない。それから、飯を食うと米の飯が妙に苦くて脂を嘗めるようであった。全く何一つとして好いことはなかったのに、どうしてそれを我慢して・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・じっとしていれば直るものはひとりで直るようにできているものらしい。もし、これがちっとも痛くなかったら平気で動き回る。動き回れば傷も骨折もなかなか直るときはないであろう。 腸胃が悪いと腹が痛かったり胸が悪かったりするから食物を食う気になれ・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・つばを飲み込むと直る。ピークで降りるとドンが鳴った。涼しい風が吹いて汗が収まった。頂上の測候所へ行って案内を頼むと水兵が望遠鏡をわきの下へはさんで出て来ていろいろな器械や午砲の装薬まで見せてくれる、一シリングやったら握手をした。…… 夕・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・横山先生のところへ連れて行くと、先生は一目見ただけで、これはじきに直る、毎日上白米を何合ずつ焚いて喰わせろと云った。その処方通りにしたら数日にしてこの厄介な奇病もけろりと全快した、というのである。この患者は生れてその日までまだ米の飯というも・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫