・・・それが私の独り相撲だとは判っているのです。と云うのは、はじめは気がつきませんでしたが、まあ云えば私自身そんな視線を捜しているという工合なのです。何気ない眼附きをしようなど思うのが抑ゝの苦しむもとです。 また電車のなかの人に敵意とはゆかな・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・私の場合ではそれほどでもない女性に、目くもって勝手に幻影を描いて、それまで磨いてきた哲学的知性もどこへやら、一人相撲をとって、独り大負傷をしたようなものだ。これは知性上から見て恥である。 飢えと焦り 青年はあまり・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・が、なか/\草は苅らずに、遊んだり角力を取ったりした。コロ/\と遊ぶんが好きで、見つけられては母におこられた。祖母が代りに草苅りをしてくれたりした。 十五六になった頃、鰯網は、五六カ月働いて、やっと三四十円しか取れなかったので、父はそれ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・ 二 隣部落の寺の広場へ、田舎廻りの角力が来た。子供達は皆んな連れだって見に行った。藤二も行きたがった。しかし、丁度稲刈りの最中だった。のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・肥った饅頭面の、眼の小さい、随分おもしろい盛んな湾泊者で、相撲を取って負かして置いて罵って遣ると、小さい眼からポロポロと涙を溢しながら非常な勢いで突かかって来るというような愉快な男でした。それで、己は周勃と陳平とを一緒にしたんだなどと意張る・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・すると私が、何だ貴様が周勃と陳平とを一緒にしたのなら己は正成と正行とを一緒にしたのだと云って互に意張り合って、さあ来いというので角力を取る、喧嘩をする。正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・濃い桜の葉の蔭には土俵が出来て、そこで無邪気な相撲の声が起る。この山の上へ来て二度七月をする高瀬には、学校の窓から見える谷や岡が余程親しいものと成って来た。その田圃側は、高瀬が行っては草を藉き、土の臭気を嗅ぎ、百姓の仕事を眺め、畠の中で吸う・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・どうやら、世の中から名士の扱いを受けて、映画の試写やら相撲の招待をもらうのが、そんなに嬉しいのかね。此頃すこしはお金がはいるようになったそうだが、それが、そんなに嬉しいのかね。小説を書かなくたって名士の扱いを受ける道があったでしょう。殊にお・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・ないんだ、こんなトマトなどにうつつを抜かしていやがるから、ろくな小説もできない、など有り合せの悪口を二つ三つ浴びせてやったが、地平おのれのぶざまに、身も世もなきほど恥じらい、その日は、将棋をしても、指角力しても、すこぶるまごつき、全くなって・・・ 太宰治 「喝采」
・・・この討論は到底相撲にならないで終結したらしい。 今年は米国へ招かれて講演に行った。その帰りに英国でも講演をやった。その当時の彼の地の新聞は彼の風采と講演ぶりを次のように伝えている。「……。ちょっと見たところでは別に堂々とした様子など・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫