・・・が、県道へ掛って、しばらくすると、道の左右は、一様に青葉して、梢が深く、枝が茂った。一里ゆき、二里ゆき、三里ゆき、思いのほか、田畑も見えず、ほとんど森林地帯を馳る。…… 座席の青いのに、濃い緑が色を合わせて、日の光は、ちらちらと銀の蝶の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
成東の停車場をおりて、町形をした家並みを出ると、なつかしい故郷の村が目の前に見える。十町ばかり一目に見渡す青田のたんぼの中を、まっすぐに通った県道、その取付きの一構え、わが生家の森の木間から変わりなき家倉の屋根が見えて心も・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ おとよが家の大体をいうと、北を表に県道を前にした屋敷構えである。南の裏庭広く、物置きや板倉が縦に母屋に続いて、短冊形に長めな地なりだ。裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・醤油屋の坊っちゃんは、あどけない声で奥さんにこんなことを云いながら、村へ通じている県道を一番先に歩いた。それにつづいて、下車客はそれぞれ自分の家へ帰りかけた。「谷元は、皆な出来た云いよった。……」こういう坊っちゃんの声も聞えた。谷元とい・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・学校の生徒らしい夏帽子に土地風なカルサン穿きで、時々後方を振返り振返り県道に添うて歩いて行く小さな甥の後姿は、おげんの眼に残った。 三吉が帰って行った後、にわかに医院の部屋もさびしかった。しかしおげんは久しぶりで東京の方に居る弟の熊吉に・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・が国道であり県道であることが必要である。そうでないときは作者の一人合点に陥って一般鑑賞者の理解を得ることは困難である。 映画と夢 以上のごとく考えて来るとわれわれは自然に映画と夢との比較を暗示される。 夢の中に現・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それからまた県土木技師の設計監督によるモダーン県道を徳川時代の人々が闊歩したり、ナマコ板を張った塀の前で真剣試合が行なわれたりするのも考えものであるが、これはやむを得ないことかもしれない。 これに比べて現代を取り扱った邦画はいくらか有利・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
これが今日のおしまいだろう、と云いながら斉田は青じろい薄明の流れはじめた県道に立って崖に露出した石英斑岩から一かけの標本をとって新聞紙に包んだ。 富沢は地図のその点に橙を塗って番号を書きながら読んだ。斉田はそれを包みの・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・(ええ、峠まで行って引っ返して来て県道を大船渡(今晩のお泊(姥石(いや、どうも失礼しました。ほんとうにいろいろご馳走学生は鞄から敷島を一つとキャラメルの小さな箱を出して置いた。おみちは顔を赤くしてそれを押し戻した。学生はさっさと・・・ 宮沢賢治 「十六日」
出典:青空文庫