・・・そこに下見囲、板葺の真四角な二階建が外の家並を圧して立っていた。 妻が黙ったまま立留ったので、彼れはそれが松川農場の事務所である事を知った。ほんとうをいうと彼れは始めからこの建物がそれにちがいないと思っていたが、這入るのがいやなばかりに・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 時に、当人は、もう蒲団から摺出して、茶縞に浴衣を襲ねた寝着の扮装で、ごつごつして、寒さは寒し、もも尻になって、肩を怒らし、腕組をして、真四角。 で、二間の――これには掛ものが掛けてなかった――床の間を見詰めている。そこに件の大革鞄・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と真四角に猪口をおくと、二つ提げの煙草入れから、吸いかけた煙管を、金の火鉢だ、遠慮なくコッツンと敲いて、「……(伊那や高遠……と言うでございます、米、この女中の名でございます、お米。」「あら、何だよ、伊作さん。」 と女中が・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ヘンに目立つような真四角な風呂敷包みを三等車の網棚に載せて、その下の窓ぎわに腰かけながら、私たちはこう囁き合ったりした。不憫なほど窶れきった父の死にぎわの面影が眼に刻まれていたが、汽車に乗りこんで私たちはややホッとした気持になった。も・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・大工のせがれがショパンにあこがれ、だんだん横に太るばかりで、脚気を病み、顔は蟹の甲羅の如く真四角、髪の毛は、海の風に靡かすどころか、頭のてっぺんが禿げて来ました。そうして一合の晩酌で大きい顔を、でらでら油光りさせて、老妻にいやらしくかまって・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を張って窓をつけたように見える。 これが彼が北の田舎か・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・頂上には、其等の廃跡の外に、一軒不思議な建物があるそうでございます。真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でございましょう。此間、頂上まで登って見たいと思って切角出かけたのに途中で駄・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫