・・・おれが書くのはもう真平御免だ。第一おれが田中君の紹介の労を執っている間に、お君さんはいつか立上って、障子を開けた窓の外の寒い月夜を眺めているのだから。 瓦屋根の上の月の光は、頸の細い硝子の花立てにさした造花の百合を照らしている。壁に貼っ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・七左 御免、真平御免。腰を屈め、摺足にて、撫子の前を通り、すすむる蒲団の座に、がっきと着く。撫子 ようおいで遊ばしました。七左 ははっ、奥さん。(と倒撫子 (手を支えたるまま、つつと退村越 父、母の御懇意。伯・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・と二、三度音楽会へ誘って見たが、「洋楽は真平御免だ!」といって応じなかった。桜井女学校の講師をしていた時分、卒業式に招かれて臨席したが、中途にピアノの弾奏が初まったので不快になって即時に退席したと日記に書いてある。晩年にはそれほど偏意地では・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 若し、も一度、××の生活を繰りかえせと云われたら、私は、真平御免を蒙る。 黒島伝治 「入営前後」
・・・「俺にそんなところへ入れという話なら、真平」とまたおげんが言った。「俺はそんな病人ではないで。何だかそんなところへ行くと余計に悪くなるような気がするで」「姉さんはそういうけれど、私の勧めるのは養生園ですよ。根岸の病院なぞとは、病院が・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・と父君と母上に向って動議を提出する、父君と母上は一斉に余が顔を見る、余ここにおいてか少々尻こそばゆき状態に陥るのやむをえざるに至れり、さりながら妙齢なる美人より申し込まれたるこの果し状を真平御免蒙ると握りつぶす訳には行かない、いやしくも文明・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・の膝が前へせり出していてはまずいし雨のふる時などはなさけない金を出して馬車などを驕らねばならないし、それはそれは気骨が折れる、金がいる、時間が費える、真平だが仕方がない、たまにはこんな酔興な貴女があるんだから行かなければ義理がわるい、困った・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・もうわたしは戦争だけは真平ですわ、といい合う婦人たちも、そのままの言葉を戦争はいやだ。戦争はしない。という社会的な戦争拒避の声とした例はまれであった。戦争はいやですわねえ、といいつつ、そのいやなものが強制されればやむを得ないと、屈伏する前提・・・ 宮本百合子 「今年のことば」
・・・ただ口先で、いろいろなことをいって、社会主義だとか、民主主義だとか、しまいにはキリストまで引張り出して恵みを乞う、そういうおかしな、すり変えられた民主主義は真平御免だと思うのです。私どもはロシアの勤労階級の人々と同じ二十世紀の世界歴史の中に・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
出典:青空文庫