・・・但、当局はその真相を疑い、目下犯人厳探中の由なれども、諸城の某甲が首の落ちたる事は、載せて聊斎志異にもあれば、該何小二の如きも、その事なしとは云う可らざるか。云々。 山川技師は読み了ると共に、呆れた顔をして、「何だい、これは」と云った。・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・お前たちの母上は自分の病気の真相を明かされねばならぬ羽目になった。そのむずかしい役目を勤めてくれた医師が帰って後の、お前たちの母上の顔を見た私の記憶は一生涯私を駆り立てるだろう。真蒼な清々しい顔をして枕についたまま母上には冷たい覚悟を微笑に・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ が、風説は雲を攫むように漠然として取留めがなく、真相は終に永久に葬むられてしまったが、歓楽極まって哀傷生ず、この風説が欧化主義に対する危惧と反感とを長じて終に伊井内閣を危うするの蟻穴となった。二相はあたかも福原の栄華に驕る平家の如くに・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・そして、人間生活の真相は、その個々的のものについて、深く認識されるより他には、分る筈がなかったのである。 それが、また、正しいのであった。流浪者が失意に泣くのは、深く人間を悟った時である。人間はみないろ/\の形に於て、悩み苦しみ求めてい・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・苛められる者だけが、鞭の痛さを、人間性を、この社会の真相を、また友人をも、敵をも、真に知り得るのでありましょう。「長崎あたりに来ているロシア人は、ポケットに、もはや幾何しかの金がなくても、それを憂えずに、人生について論議している……・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・言い換えれば、やはりこれ等の華かな事実を通じて、人生の暗黒な真相を考えようとしているのである。それでなければ、やはり、芸術家としての天職に対して、何となくすまなく思うのだ。また、良心に対しても恥かしいような気がするのだ。 このことは、無・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
・・・ 私のこゝにいう触れるということは、直ちに、その真相を究めようとする誠意のある輩が少いということである。 最も、正直で良心あるものが、芸術家でなければならぬ筈だ。人間に対する深い愛と同情と、正義に対する感激がなかったら、その人は、詩・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ 二 いつだったか、……いや、覚えている、六年前のことだ、……「川那子丹造の真相をあばく」という、題名からして、お前の度胆を抜くような本が、出版された。 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロー・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわちこの世の真相なるべきか。げにこのわれなき世こそ治子の眼にはかくも映るなるべし。しかしてわれはいかん、われはいかん。 青年は恋を想い、人の世を想い、治子を想い、沙漠を想い、ウォーシスを想い、・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・一つの比論をとれば、物理的真理において、真理そのものを万物の真相は如何という意味にとれば現在の科学は終局的な解答を与えることはできぬ。しかし真理そのものの本質は何か一般に真理の標識は何か。真理を発見せんとするときわれらは如何なる条件を満たさ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫