・・・ 彼れは、小屋のかげから着剣した銃を持って踊りでた。 若者は立止った。そして、「何でがすか? タワリシチ!」 馴れ馴れしい言葉をかけた。倶楽部で顔見知りの男が二人いた。中国人労働組合の男だ。「や!」 ワーシカは、ひょ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・身体の芯から慄えてきて、着剣している銃を持った手がしびれて力が抜けてしまう。そしてその時の情景が、頭の中に焼きつけられて、二三日間、黒い、他人に見えない大きな袋をかむりたいような気がする。しかし、それも、最初の一回、それから、二人目くらいま・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・彼は銃に着剣して人間を突き殺したことがある。その時、剣が曲ったのだ。突かれた男は、急所を殴られて一ッぺんに参る犬のようにふらふらッとななめ横にぴりぴり手足を慄わしながら倒れてしまった。突きこんだ剣はすぐ、さっと引きぬかねば生きている肉体と血・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・自分はAと、もう一人信州の男と、三人で、着剣の兵に守られた処々を通り林町の通りに出、門を見、自分にかけよるきよの声をきく、父上の無事を知ったら何とも云えない心持がした。西洋間に尻ばしょりのままとび込むと渡辺仁氏が居らる。倉知貞子叔母、死んだ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫