・・・ むすめはかくまで海がおだやかで青いのに大喜びをしましたが、よく見ると二人の帆走っているのは海原ではなくって美しくさきそろった矢車草の花の中でした。むすめは手をのばしてそれを摘み取りました。 花は起きたり臥したりしてさざなみのように・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 花の咲かぬ矢車草。「是生滅法。盛者必衰。いっそ、化けて出ようか知ら。」 太宰治 「失敗園」
・・・その上、まだ色彩の足りないのを恐れるかのように、食卓の一つ一つに、躑躅、矢車草、金蓮花など、一緒くたに盛り合わせたのが置いてある。年寄の、皺だらけで小さい給仕が、出て来た。空腹ではあったし、料理は決して不味くはなかった。けれども、何といおう・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・、林米子「矢車草」など、職場に働いている労働者作家の作品を発表しはじめるとともに、徳永直「妻よねむれ」、宮本百合子「播州平野」などをのせはじめた。 永井荷風によって出発したジャーナリズムは、インフレーションの高波をくぐって生存を争うけわ・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・紫陽花と矢車草と野茨と芍薬と菊と、カンナは絶えず三方の壁の上で咲いていた。それは華やかな花屋のような部屋であった。彼は夜ごとに燭台に火を付けると、もしかしたらこっそりこの青ざめた花屋の中へ、死の客人が訪れていはしまいかと妻の寝顔を覗き込んだ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫