・・・この径ではそういった矮小な自然がなんとなく親しく――彼らが陰湿な会話をはじめるお伽噺のなかでのように、眺められた。また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・狆というやつで、体躯つきの矮小な割に耳の辺から冠さったような長い房々とした毛が薄暗い廊下では際立って白く見えた。丁度そこへ三十五六ばかりになる立派な婦人の患者が看護婦の部屋の方から廊下を通りかかった。この婦人の患者はある大家から来ていて、看・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 私は、矮小無力の市民である。まずしい慰問袋を作り、妻にそれを持たせて郵便局に行かせる。戦線から、ていねいな受取通知が来る。私はそれを読み、顔から火の発する思いである。恥ずかしさ。文字のとおりに「恐縮」である。私には、何もできぬのだ。私・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ 私は、私の作品を、ほめてくれた人の前では極度に矮小になる。その人を、だましているような気がするのだ。反対に、私の作品に、悪罵を投げる人を、例外なく軽蔑する。何を言ってやがると思う。 こんど河出書房から、近作だけを集めた「・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・大本教主の頭髪剃り落した姿よりも、さらに一層、みるみる矮小化せむこと必せり、 学問の過尊をやめよ。試験を全廃せよ。あそべ。寝ころべ。われら巨万の富貴をのぞまず。立て札なき、たった十坪の青草原を! 性愛を恥じるな! 公園の噴水・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ちょっと見ると維新以前の宿場のような感じのする矮小な低い家並みの店先には、いわゆる「居留地」向きの雑貨のほかに、一九三三年の東京の銀座にあると同じような新しいものもあるのである。書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・草原には矮小な夾竹桃がただ一輪真赤に咲いている。綺麗に刈りならした芝生の中に立って正に打出されようとする白い球を凝視していると芝生全体が自分をのせて空中に泛んでいるような気がしてくる。日射病の兆候でもないらしい。全く何も比較の尺度のない一様・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ 私たちが今矮小だという事実は、実際私たちを苦しくさせます。けれども苦しいからといってこの事実を認めないわけには行きません。私よりも聡明な人は私よりももっとよくこの事実を呑み込んでいると思います。自分の小ささを知らない青年はとても大きく・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・自分の内には、自分の運命に対する強い信頼が小供の時から絶えず活らいていたけれども、またその側には常に自分の矮小と無力とを恥じる念があって、この両者の相交錯する脈搏の内にのみ自分の成長が行われていたのであるが、この時からその脈搏は止まってしま・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・江戸時代の文化の偉大な側面に対して色盲となりつつ、ただその矮小を嘆くということは、この文化に対する正しい態度とは言えない。お城はただその一例であるが、他になおいくらでも例をあげることができよう。たとえば街路樹である。日本の古い都会には街路樹・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫