・・・――やがて近江屋へ帰って、敷石を奥へ入ると、酒の空樽、漬もの桶などがはみ出した、物置の戸口に、石屋が居て、コトコトと石を切る音が、先刻期待した小鳥の骨を敲くのと同一であった。「――涙もこれだ。」 と教授は思わず苦笑して、「しかし・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・「そうお決めになったらどうです。そうすれば荷物を取りにやりますから」「そうしてもいいが、温泉へ行くとしたらどこだろう」「ごく近いところで、深谷もこのごろはなかなかいいですよ」「石屋ならいい座敷がありますけれど、あすこも割に安・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ つい先頃、後妻にいじめられ、水ものめずに死んだ石屋の爺さんが、七十六かで、沢や婆さんと略同年輩の最後の一人であった。その爺さえ、彼女の前身を確に知ってはいなかった。まして、村の若い者、仙二位の男達だって、赤児で始めて沢や婆さんの顔を見、怯・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
この第二巻には、わたしとしてほんとうに思いがけない作品がおさめられた。それは二百枚ばかりの小説「古き小画」が見つかったことである。 一九二二年の春のころ、わたしは青山の石屋の横丁をはいった横通りの竹垣のある平べったいト・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・大工は木を削る。石屋は石を切る。二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云うような、二階家が建築せられる。黒塗の高塀が繞らされる。とうとう立派な邸宅が出来上がった。 近所の人は驚いている。材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫