・・・僕はMには頓着せず、着もの脱ぎ場から少し離れた、小高い砂山の上へ行った。それから貸下駄を臀の下に敷き、敷島でも一本吸おうとした。しかし僕のマツチの火は存外強い風のために容易に巻煙草に移らなかった。「おうい。」 Mはいつ引っ返したのか・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 僕等はこんなことを話しながら、今度は引地川の岸に沿わずに低い砂山を越えて行った。砂山は砂止めの笹垣の裾にやはり低い松を黄ばませていた。O君はそこを通る時に「どっこいしょ」と云うように腰をかがめ、砂の上の何かを拾い上げた。それは瀝青らし・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ 海は低い砂山の向うに一面に灰色に曇っていた。その又砂山にはブランコのないブランコ台が一つ突っ立っていた。僕はこのブランコ台を眺め、忽ち絞首台を思い出した。実際又ブランコ台の上には鴉が二三羽とまっていた、鴉は皆僕を見ても、飛び立つ気色さ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・今までは海岸の砂の上にも水の中にも、朝から晩まで、沢山の人が集って来て、砂山からでも見ていると、あんなに大勢な人間が一たい何所から出て来たのだろうと不思議に思えるほどですが、九月にはいってから三日目になるその日には、見わたすかぎり砂浜の何所・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
一 砂山を細く開いた、両方の裾が向いあって、あたかも二頭の恐しき獣の踞ったような、もうちっとで荒海へ出ようとする、路の傍に、崖に添うて、一軒漁師の小家がある。 崖はそもそも波というものの世を打ちはじ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ が、待て――蕈狩、松露取は闌の興に入った。 浪路は、あちこち枝を潜った。松を飛んだ、白鷺の首か、脛も見え、山鳥の翼の袖も舞った。小鳥のように声を立てた。 砂山の波が重り重って、余りに二人のほかに人がない。――私はなぜかゾッとし・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 渠は手も足も肉落ちて、赭黒き皮のみぞ骸骨を裹みたるたる空に覆れたる万象はことごとく愁いを含みて、海辺の砂山に著るき一点の紅は、早くも掲げられたる暴風警戒の球標なり。さればや一艘の伝馬も来らざりければ、五分間も泊らで、船は急進直江津に向・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ 二郎はその笛を持って、あちらの砂山にゆきました。 このあたりは海岸で、丘には木というものがなかったのです。 砂の山が、うねうねとつづいていました。 そして、暖かな日なので、陽炎が立っていました。 沖の方を見ますと、青い・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・ 或日自分は何時のように滑川の辺まで散歩して、さて砂山に登ると、思の外、北風が身に沁ので直ぐ麓に下て其処ら日あたりの可い所、身体を伸して楽に書の読めそうな所と四辺を見廻わしたが、思うようなところがないので、彼方此方と探し歩いた、すると一・・・ 国木田独歩 「運命論者」
北風を背になし、枯草白き砂山の崕に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山のかなたに沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しとまつ逗子あたりの童の心、その淋しさ、うら悲しさは如何あるべき。 御最後川の岸辺に茂る葦の枯れ・・・ 国木田独歩 「たき火」
出典:青空文庫