・・・第一色気ざかりが露出しに受取ったから、荒物屋のかみさんが、おかしがって笑うより、禁厭にでもするのか、と気味の悪そうな顔をしたのを、また嬉しがって、寂寥たる夜店のあたりを一廻り。横町を田畝へ抜けて――はじめから志した――山の森の明神の、あの石・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・勝負事をするものの禁厭になると、一時弘まったものである。――その目をしょぼしょぼさして、長い顔をその炬燵に据えて、いとせめて親を思出す。千束の寮のやみの夜、おぼろの夜、そぼそぼとふる小雨の夜、狐の声もしみじみと可懐い折から、「伊作、伊作」と・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……今時……今時……そんな古風な、療治を、禁厭を、するものがあるか、とおっしゃいますか。ええ、おっしゃい。そんな事は、まだその頃ありました、精盛薬館、一二を、掛売で談ずるだけの、余裕があっていう事です。 このありさまは、ちょっと物議にな・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「ははあ、ごんごんごま、……お薬用か、何か禁厭にでもなりますので?」 とにかく、路傍だし、埃がしている。裏の崖境には、清浄なのが沢山あるから、御休息かたがた。で、ものの言いぶりと人のいい顔色が、気を隔かせなければ、遠慮もさせなかった・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 魔を除け、死神を払う禁厭であろう、明神の御手洗の水を掬って、雫ばかり宗吉の頭髪を濡らしたが、「……息災、延命、息災延命、学問、学校、心願成就。」 と、手よりも濡れた瞳を閉じて、頸白く、御堂をば伏拝み、「一口めしあがれ、……・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・施与には違いなけれど、変な事には「お禁厭をして遣わされい。虫歯が疚いて堪え難いでな。」と、成程左の頬がぷくりとうだばれたのを、堪難い状に掌で抱えて、首を引傾けた同じ方の一眼が白くどろんとして潰れている。その目からも、ぶよぶよした唇からも、汚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・という語は、世界において分布区域の甚だ広い語で、我国においてもラテンやゼンドと連なっているのがおもしろい。禁厭をまじないやむると訓んでいるのは古いことだ。神代から存したのである。しかし神代のは、悪いこと兇なることを圧し禁むるのであった。奈良・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 昔の生活の輪は女にとってきびしくとも小さかったから、その頃の三十三の女のひとたちは、自分の身一つの厄除けを家運長久とともに、神へでも願をかけ、何かの禁厭をして、その年を平安に送ることに心がけたのだろう。 暮になったとき柔和な顔を忙・・・ 宮本百合子 「小鈴」
・・・ 彼那大きなものを持ち出し、此処でも之丈の事をしたのに、どうして家の者の目が覚めなかったのか、 どこかに禁厭がしてないかとか、ゆうべ誰かが干物を外へ出して置いたまんまだったのではないか。 斯うやって考えて見ると、どうしても三時頃・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫