・・・ 自分からシベリアへ志願をして来た福田という男があった。福田は露西亜語が少し出来た。シベリアへ露西亜語の練習をするつもりで志願して来たのであった。一種の図太さがあって、露西亜人を相手に話しだすと、仕事のことなどそっちのけにして、二時間で・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 三日には東京府、神奈川、静岡、千葉、埼玉県に戒厳令が布かれ、福田大将が司令官に任命されて、以上の地方を軍隊で警備しはじめました。そのため、東京市中や市外の要所々々にも歩哨が立ち、暴徒しゅう来等の流言にびくびくしていた人たちもすっかり安・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・私は番頭の持っている提燈を指さした。福田旅館と書かれてある。「はは。」老いた番頭は笑った。 自動車を呼んで貰って、私は番頭と一緒に乗り込んだ。暗い町である。房州あたりの漁師まちの感じである。「お客が多いのかね。」「いいえ、も・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・に、強くなってもらいたく、あなたの純潔信じて居るものの在ることお知らせしたく、あなたに自信もって生きてもらいたくて、ただ、それだけの理由で、おたよりしようと、インク瓶のキルクのくち抜いて、つまずいた。福田蘭童、あの人、こんな手紙、女のひとへ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
去年の暮、福田恆存は、一九四九年を通観して、「知識人の敗北」の年と概括をした。これは、評論家としての氏にとって、きわめて意味のふかい一つの刻みめを印した発言となった。なぜならば、一九四九年の日本の現実は、混乱しながらもそこ・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・ 一九四六年か七年に福田恆存が、ある文学を卒業する必要について若い女性へ語る文章をかいたことがあった。福田恆存は、宮本百合子の文学を早く卒業してしまうように、と忠告していたのだった。一つの社会が、ある文学を卒業するという場合、それは、ど・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 三 それならば一九四九年という年は、福田恆存の概括にしたがって「知識階級の敗退」の年であったのだろうか。「かつての自然主義隆隆とまったく同様、ちょうど三年にして衰退しはじめたのであります。平林たい子のこと・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・『人間』十一月号に、獅子文六、辰野隆、福田恆存の「笑いと喜劇と現代風俗と」という座談会がある。日本の人民が笑いを知っていないということについて語りあわれているのだが、その中に次のような一節がある。辰野 福田さんの「キティ颱風」だって・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 九月二十四五日より大杉栄ほか二名が、甘粕大尉に殺された話やかましく新聞に現れた。福田戒厳令司令官が山梨に代ったのもこの理由であったのだ。他二名は誰か、又どうして殺したか、所持品などはどうされたか。 高津正道、佐野学、山川均菊栄・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・┐ 辰野隆 ├ 福田恒存 ┘福田恒存 諷刺、喜劇はジャーナリズムでも要求されているし 読者の要望もある。江戸時代の諷刺、喜劇はアブソリューティズムがあって、それに対する・・・ 宮本百合子 「東大での話の原稿」
出典:青空文庫