・・・田代君は私より一二年前に大学を卒業した、秀才の聞えの高い法学士である。且また私の知っている限り、所謂超自然的現象には寸毫の信用も置いていない、教養に富んだ新思想家である、その田代君がこんな事を云い出す以上、まさかその妙な伝説と云うのも、荒唐・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・僕はそののちも秀才と呼ばれる何人かの人々に接してきた。が、僕を驚かせた最初の秀才は西川だった。 三九 西川英次郎 西川は渾名をライオンと言った。それは顔がどことなしにライオンに似ていたためである。僕は西川と同級だった・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 恒藤は又秀才なりき。格別勉強するとも見えざれども、成績は常に首席なる上、仏蘭西語だの羅甸語だの、いろいろのものを修業しいたり。それから休日には植物園などへ、水彩画の写生に出かけしものなり。僕もその御伴を仰せつかり、彼の写生する傍らに半・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・が、今度は自分の級の英語の秀才が、度の強い近眼鏡をかけ直すと、年に似合わずませた調子で、「でも先生、僕たちは大抵専門学校の入学試験を受ける心算なんですから、出来る上にも出来る先生に教えて頂きたいと思っているんです。」と、抗弁した。が、丹・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・緑雨は相応に影では悪語をいっていたが、それでも新帰朝の秀才を竹馬の友としているのが万更悪い気持がしなかったと見えて、咄のついでに能く万年がこういったとか、あアいったとか噂をしていた。 壱岐殿坂の中途を左へ真砂町へ上るダラダラ坂を登り切っ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・いよいよ済まぬ事をしたと、朝飯もソコソコに俥を飛ばして紹介者の淡嶋寒月を訪い、近来破天荒の大傑作であると口を極めて激賞して、この恐ろしい作者は如何なる人物かと訊いて、初めて幸田露伴というマダ青年の秀才の初めての試みであると解った。 翁は・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・手拭を腰に下げ、高い歯の下駄をはき、寮歌をうたいながら、浮かぬ顔をしていた。秀才の寄り集りだという怖れで眼をキョロキョロさせ、競争意識をとがらしていたが、間もなくどいつもこいつも低脳だとわかった。中学校と変らぬどころか、安っぽい感激の売出し・・・ 織田作之助 「雨」
・・・彼等の関心は試験に良い点を取ることであり、東京帝国大学の法科を良い成績で出ることであり、昭和何年組の秀才として有力者の女婿になることであった。そのため彼等はやがて高等文官試験に合格した日、下宿の娘の誘惑に陥らないような克己心を養うことに、不・・・ 織田作之助 「髪」
・・・「予を秀才といふはあたらず、よく刻苦すといふはあたれり」といった頼山陽の言は彼のすなおな告白であったに相違ない。 つとめて書を読み、しかもそれが他人の生と労作からの所産であって、自分のそれは別になければならぬことを自覚し、他人の生に・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・学術的なことを、こまごまと説明してやるのが、大学で秀才だった課長はすきなのだ。阿見は、そのコツを心得ていた。「全く、私も、こゝにゃ、ドエライものがあると思って掘らしとったんです。」「糞ッ!」 又、井村は思った。 課長の顔は、・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫