・・・ 暫く躊躇した後、私は思い切って力を入れ、硯に近い右の方から、ぐっと棒を引いて先をはね、穂先もなおさず左側に向い合ってもう一本の棒を引いた。 ひどく力を入れた上に、墨がつきすぎていたので、見る間に紙ににじみ、折角書いたところは、一面・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ 麦の穂先だけのぞいている、 こっちの川を越すと店へ漬る、「水ちゅうもんは早うひくのう あんた」 大雨があがる、 晴天 碧い空に白い雲、西風爽か 山の松の幹もパラリとしてすがしく篁の柔かい若青葉がしなやかに瑞々しく重く見・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
今日は心持の好い日だ。 空がくっきりと晴れ渡って、刷き寄せられるような白雲が、青い穂先の楡の梢を掠めて、彼方の山並の間に畳まって行く。 凝と坐って耳を傾けると、目の下の湖では淡黄色い細砂に当って溶ける優婉な漣の音が・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・ 二人は槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。「や、又七郎か」と、弥五兵衛が声をかけた。「おう。かねての広言がある。おぬしが槍の手並みを見に来た」「ようわせた。さあ」 二人は一歩しざって槍を交えた。しばらく戦ったが、槍術・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫