・・・剣で突く者がある。煮え湯をあびせられたような悲鳴が聞えて来た。「あァ、あァ、あァ。」語学校を出て間がない、若い通訳は、刺すような痛みでも感じたかのように、左右の手を握りしめて叫んだ。「女を殺している。若い女を突き殺してる!――大隊長殿あ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・堪らなく痛かったが両親に云えば叱られるから、人前だけは跛も曳かずに痩我慢して痛さを耐えてひた隠しに隠して居ましたが、雑巾掛けのときになって前へ屈んで膝を突くのが痛くて痛くてほとほと閉口しました。然し終に其の為めに叱られるには至りませんでした・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 絶えずあとしざりをしているものを追いかけて突くのでは、相対速度の減少のために衝撃が弱められる、これに反して向かって来るのを突くのではそれだけの得がある、という事は力学者を待たずとも見やすい道理であるが、ベーアは明らかにこれを利用して敵・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・このステッキがドイツの stechen につながるとすると今度は「突く」「つつく」が steik に近づいて来るし、また後者と「鋤く」ともおのずからいくぶんの縁故を生じて来るのである。 こんな物ずきな比較は現在の言語学の領域とは没交・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・「鴫突き」というのは、蜻とんぼを捕えるのと同じ恰好の叉手形の網で、しかもそれよりきわめて大形のを遠くから勢いよく投げかけて、冬田に下りている鴫を飛び立つ瞬間に捕獲する方法である。「突く」というのは投槍のように網を突き飛ばす操作をそう云ったも・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・ところてんを突くように人の行列が押し送られて行った。 気のついた時はもうI氏はいなかった。 政党大臣や大学教授や官展無審査員ならば、ところてんのようにお代わりはいつでもできる。しかしI氏くらいの一流の俳優はそう容易には補充できない。・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・これに反して大変評判のよかったある二、三の風景画などには、あまりにあらわな眩目的な見せつけ場所や、眼を突くような技巧の鉄条網が邪魔になって私にはどうしても絵の中へ踏み込めなかった。これから思うと例えば大雅堂や高陽などの粗雑なような画が見る人・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・甥のあるものは祖先伝来の槍をふり回して猫を突くと言って暗やみにしゃがんでいた事もあった。猫の鳴き声を聞くと同時に槍をほうり出しておいて奥の間に逃げ込むのではあったが。 そんなようなわけで猫というものにあまりに興味のない私はつい縁の下をの・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・チュリップ、ヒヤシンス、ベコニヤなどもダリヤと同じく珍奇なる異草として尊まれていたが、いつか普及せられてコスモスの流行るころには、西河岸の地蔵尊、虎ノ門の金毘羅などの縁日にも、アセチリンの悪臭鼻を突く燈火の下に陳列されるようになっていた。・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 崎川橋という新しいセメント造りの橋をわたった時、わたくしは向うに見える同じような橋を背景にして、炭のように黒くなった枯樹が二本、少しばかり蘆のはえた水際から天を突くばかり聲え立っているのを見た。震災に焼かれた銀杏か松の古木であろう。わ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫