・・・釣魚をするとか玉を突くとか、碁を打つとか、または鉄砲を担いで猟に行くとか、いろいろのものがありましょう。これらは説明するがものはないことごとく自から進んで強いられざるに自分の活力を消耗して嬉しがる方であります。なお進んではこの精神が文学にも・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 毒々しい黒煙りが長い渦を七巻まいて、むくりと空を突く途端に、碌さんの踏む足の底が、地震のように撼いたと思った。あとは、山鳴りが比較的静まった。すると地面の下の方で、「おおおい」と呼ぶ声がする。 碌さんは両手を、耳の後ろに宛てた・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・羽子を突く音もしなければ、凧のうなりもきこえない。子供達は、何と云う名なのか知らないけれ共、地面に幾つも幾つも条を引いて、その条から条へと小石を爪先で蹴って行く遊びを主にして居る。首に毛糸で編んだ赤や紫の頸巻の様なものを巻きつけて懐手をして・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 我と我が身を雲を突く山の切り崖からなげ出いて目に見えぬほど粉々にくだいてしまいたいほどじゃ。 今までによう味わなんだ、あやまる と云う事を経験せねばならぬ時になったのじゃ。 わしは今まで、あやまる・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 膝を突くなり、がむしゃらに小箪笥の引出しを引くるかえした。「ああ私あれをなくしちゃ大変なんですよ、あれがないと私――どうしたろう。ここにしまいやしなかったかしら」 彼女は俄に心配し始めた。石川は、「これですよ、ここに在りま・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・佐助の眼を突く心理を少しも書かずに、あの作を救おうという大望の前で、作者の顔はこの誤魔化しをどうすれば通り抜けられるかと一身に考えふけっているところが見えてくるのである。 佐藤春夫氏は極力作者に代って弁解されたが、あの氏の弁明は要するに・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・暗中匕首を探ぐってぐっと横腹を突くように、栖方は腰のズボンの時計を素早く計る手つきを示して梶に云った。「しかし、それなら発表するでしょう。」「そりゃ、しませんよ。すぐ敵に分ってしまう。」「それにしても――」 二人はまた黙って・・・ 横光利一 「微笑」
・・・これは私が鈍感であったせいかもしれぬが、とにかく私自身は、古い連中が圧制的だと感じたこともなかったし、また漱石に楯を突く態度をけしからぬと思ったこともない。初めのうちは、弟子たちが漱石に対して無遠慮であることから、非常に自由な雰囲気を感じた・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・これは Man is mortal を言い換えたに過ぎないが、しかし特に私の胸を突く。そうだ、ただ日がきまらないだけだ。死の宣告はもう下っている。私たちはのんきにしていられるわけのものではない。私たちは生きている一日一日を感謝しなければなら・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫