・・・……これだと、ちょっと歩行いただけで甲武線は東京の大中央を突抜けて、一息に品川へ…… が、それは段取だけの事サ、時間が時間だし、雨は降る……ここも出入がさぞ籠むだろう、と思ったより夥しい混雑で、ただ停車場などと、宿場がって済してはおられ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 往来より突抜けて物置の後の園生まで、土間の通庭になりおりて、その半ばに飲井戸あり。井戸に推並びて勝手あり、横に二個の竈を並べつ。背後に三段ばかり棚を釣りて、ここに鍋、釜、擂鉢など、勝手道具を載せ置けり。廁は井戸に列してそのあわい遠から・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・人じゃあない、世話になって、はんけちの工場うららかな朝だけれど、路が一条、胡粉で泥塗たように、ずっと白く、寂然として、家ならび、三町ばかり、手前どもとおなじ側です、けれども、何だか遠く離れた海際まで、突抜けになったようで、そこに立っている人・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 内廊下を突抜け、外の縁側を右へ曲り、行止りから左へ三尺許りの渡板を渡って、庭の片隅な離れの座敷へくる。深夜では何も判らんけれど、昨年一昨年と二度ともここへ置かれたのだから、来て見ると何となくなつかしい。平生は戸も明けずに置くのか、空気・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・藪を飛び越え森を突き抜け一直線に湖水を渡り、狼が吠え、烏が叫ぶ荒野を一目散、背後に、しゅっしゅっと花火の燃えて走るような音が聞えました。「振り向いては、いけません。魔法使いのお婆さんが追い駆けているのです。」と鹿は走りながら教えました。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その余韻の源にさかのぼって行くと徳川時代などを突き抜けて遠い遠い古事記などの時代に到着する。 盆踊りのまだ行なわれている所があればそこにはどこかに奈良朝以前の民族の血が若い人たちのからだに流れているような気がしてしかたがない。そうしてそ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・私のようにどこか突き抜けたくっても突き抜ける訳にも行かず、何か掴みたくっても薬缶頭を掴むようにつるつるして焦燥れったくなったりする人が多分あるだろうと思うのです。もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・それから又突抜けて出る新鮮な力は、このゴミっぽい過程の間で磨滅しないでしょうか。私は磨滅させたくないと思います。 本が出てそれをまず友達に送りたいと思うような、そういう本の出方はこの頃誰のところにもないらしい様子です。本屋の店頭には、割・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・だから、一方から言えば、あの絵にある不思議な冷たさ、どこか病的なところを突き抜けた先の内田さんはどういう絵をおかきになるのだろうと思いました。 永井さんは大変才能のある作家だということを聞いていましたが、作品をみて私も同感しました。けれ・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・の地帯やその背後の緩衝地帯を突き抜けて、「いまだ触れられざる地」に達したとき、そこに彼らは至る処、十六世紀のカピタンたちが沿岸で見たと同じ華麗なものを見いだしたのである。 フロベニウスは一九〇六年、その第一回の探検旅行の際には、なお、コ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫