・・・ほのかな匂いを愛ずるだけでは、とても、がまんができません。突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・極度の恐怖感は、たしかに、突風の如き情慾を巻き起させる。それに、ちがいない。恐怖感と、情慾とは、もともと姉妹の間柄であるらしい。どうも、そうらしい。私は、そいつにやられた。ふらふら立ち上って、雨戸に近寄り、矢庭にその手を、私の両手でひたと包・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ちょっと、とぎれた。突風のように嗚咽がこみあげて来たのを、あやうくこらえた。「やっと、僕たち、なんにも知らなかったのだということが判って、ひとまず釈放というところなのです。ひとまず、ですよ。これから、何か事あるごとに呼び出されるらしいのだか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・その渦が時々風陰のこの谷底に舞い降りて来るので、その度ごとにこうした突風が屋を揺るがすのではないかと思われた。 夜が明けても雨は小止みもなく降り続いた。松本までの車を雇って山を下りて来ると、島々の辺から雨が止み、汽車が甲州路に入ると雲が・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・飛行機と突風との関係に似ていっそう複雑な場合であるから、世界じゅうの航空力学の大家でも手こずらせるだけの難題を提供するかもしれない。 このおもちゃは、たしかに二十年も前にやはり夜店で見たことがあるから、かなり昔からあるかもしれない。もし・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・いわゆる突風なるものがそれです。たとえば森と畑地との境のようなところですと、畑のほうが森よりも日光のためによけいにあたためられるので、畑では空気が上り森ではくだっています。それで畑の上から飛んで来て森の上へかかると、飛行機は自然と下のほうへ・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
出典:青空文庫