・・・ 男は窓口からからだを突きだして、「どないだ。石油の効目は……?」「はあ。どうも昨夜から、ひどい下痢をして困ってるんです」 ほんとうのことを言った。「あ、そら、いかん。そら、済まんことした。竹の皮の黒焼きを煎じて飲みなは・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 到頭中央局へ廻ったが、さて窓口まで来ると、何を想い出したのか、また原稿を取り出して、「一寸、終りの方を直すから――」 そして一時間も窓口で原稿を訂正していた。 やっと式場へかけつけ、花嫁側に、仕事にかけるとこんな男ですから・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・挽馬場の馬の気配も見ず、予想表も持たず、ニュースも聴かず、一つの競走が済んで次の競走の馬券発売の窓口がコトリと木の音を立ててあくと、何のためらいもなく誰よりも先きに、一番! と手をさし込むのだった。 何番が売れているのかと、人気を調べる・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・そしてその中へ入って、据り込んで、切符を売る窓口から『さあここへ出せ』って言うんだ。滑稽な話だけど、なんだかその窓口へ立つのが癪で憤慨していると、Oがまたその中へ入ってもう一つの窓口を占領してしまった。……どうだその夢は」「それからどう・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・松木は、窓口へさし上げた。「有がとう。」 コーリヤが、窓口から、やったものを受取って向うへ行くと、「きっと、そこに誰れか来とるんだ。」と、武石は、小声で、松木にささやいた。「誰れだな、俺れゃどうも見当がつかん。」「這入り・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 負傷者は、傷をかばいながら、頭を擡げて窓口へ顔を集めた。五六台の橇が院庭へ近づいてきた。橇は、逆に馬をうしろへ引きずって丘を辷り落ちそうに見えた。馭者台からおりた馭者はしきりに馬の尻を鞭でひっぱたいていた。「イイシへ行った中隊がや・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ かれは、それを窓口に差出し、また私と並んでベンチに腰かけて、しばらくすると、別の窓口から現金支払い係りの局員が、「竹内トキさん。」 と呼ぶ。「あい。」 と爺さんは平気で答えて、その窓口へ行く。「竹内トキさん。四拾円・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ その時、いきせき切って、ひどく見すぼらしい身なりの女が出産とどけを持って彼の窓口に現われる。「おねがいします」「だめですよ。きょうはもう」 津島はれいの、「苦労を忘れさせるような」にこにこ顔で答え、机の上を綺麗に片づけ、空・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・後になったらもう二百円紙幣やら千円紙幣やら、私よりも有難がられる紙幣がたくさん出て来ましたけれども、私の生れたころには、百円紙幣が、お金の女王で、はじめて私が東京の大銀行の窓口からある人の手に渡された時には、その人の手は少し震えていました。・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・吹きかえして来たようで、けれどもさすがに自分が光琳、乾山のような名家になろうなどという大それた野心を起す事はなく、まあ片田舎のディレッタント、そうして自分に出来る精一ぱいの仕事は、朝から晩まで郵便局の窓口に坐って、他人の紙幣をかぞえている事・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫