・・・ 予は高峰とともに立ち上がりて、遠くかの壮佼を離れしとき、高峰はさも感じたる面色にて、「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ、君はお手のものだ、勉強したまえ」 予は画師たるがゆえに動かされぬ。行くこと数百歩、あの樟の大樹の鬱・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ いろいろのことを思って、茫然としていましたからすは、不意に石が飛んできたので、びっくりして立ち上がりました。そして、木の枝に止まって下をながめますと、子供らは、なお自分を目がけて石を投げるのであります。 からすはしかたなく、その社・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ おみよは、人形になにか別のごちそうをこしらえてやろうと思って、外へ青い葉か、色の変わった菊の花を探してこようと思って、ござから立ち上がりますと、そこの垣根のそばに、哀れな乞食の子がたたずんでこちらを見ていました。まだ年もゆかないのに、・・・ 小川未明 「なくなった人形」
・・・と答えて、達ちゃんはこれをいい機会に立ち上がりました。そして、いろいろの本や、雑誌を出してきて見せました。二人は、それからおもしろく遊んだのであります。 その夜、お姉さんは、秀ちゃんからきいた話をなきれたので、みんなが笑いました。「・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・といって、彼女は、立ち上がりました。「せっかく、きましたのに……。」と、叔母さんも彼女の後方に従うよりしかたがなかったのでした。 彼女は、門を出るときに、どうして、みんながあのように、代診で満足しているのだろう? 院長さんには、めっ・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・と言って立ち上がり、石井翁が何も言い得ぬうちに、河田翁は辞儀をペコペコして去ってしまった。 石井翁は取り残されて茫然と河田翁の後ろ姿を見送っていた。 河田翁が延び上がって遠くまで見回したのは巡査がこわかったのだ。そこで翁と巡査とすれ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・一つの別離ののち勇ましく立ち上がり、さらに一層博い力強い視野にたって踏み出した者は少なくない。これには広い人生の海があり、はかり知れない運命の地平線があるのであって、決して一概に狭く固く考えるべきではない。多くの秀れた人々の伝記を読むのに一・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ おかあさんは立ち上がりました。 見るとかなたの丘の後ろにわかい赤楊の林がありましたが、よく見ているとそれがしきりに動きます。それでおかあさんは、すぐそこには人が集まって、聖ヨハネ祭の草屋を作るために、その葉を採っているのだと気がつ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・と叫んで大尉は立ち上がりましたが、ブランデーがひどくきいたらしく、よろよろです。 お酌のひとは、鳥のように素早く階下に駆け降り、やがて赤ちゃんをおんぶして、二階にあがって来て、「さあ、逃げましょう、早く。それ、危い、しっかり」ほとんど骨・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・すると、おやじはのそのそ立ち上がり、「氷を持って来い」といいすてて二階へ上がる。 その前の場面にもこの主人がマダムに氷を持って来いといって二階へ引っ込む場面がある。そのときマダムは「フン」といったような顔をして、まるで歯牙にかけないで、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫