・・・もっとも発作さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ このときの、アカギタニタニタニがいつまでもお家の笑い話の種となりました。「ほら、アカギタニタニタニがきましたよ。」と、とぎ屋さんが、まわってくると、お母さんが笑っておっしゃいました。それからいくたびこのはさみは、とぎ屋さんの手にか・・・ 小川未明 「古いはさみ」
・・・訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっくくって行ったちゅう話でがして、巡査も苦笑してたちゅうことで、いやはや……。笑い話といえばでがすな、私の同僚でそのウ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・という笑い話。けれども現在の此の私は、作家以外のものでは無い。先生、と呼ばれる事さえあるのです。ショパンを見捨て、山上憶良に転向しましょうか。「貧窮問答」だったら、いまの私の日常にも、かなりぴったり致します。こんなのを民族的自覚というのでし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・殊にも祖母の信仰は異常といっていいくらいで、家族の笑い話の種にさえなっている。お寺は、浄土真宗である。親鸞上人のひらいた宗派である。私たちも幼時から、イヤになるくらいお寺まいりをさせられた。お経も覚えさせられた。 ×・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ 笑い話じゃないぞ、おまえはこの陣笠を笑えない。この陣笠は、立派だ。理智や、打算や策略には、それこそ愛の魚メダカ一匹住み得ぬのだ。教えてやる。愛は、言葉だ。山内一豊氏の十両、ほしいと思わぬ。もいちど言う、言葉で表現できぬ愛情は、まことに深き・・・ 太宰治 「創生記」
・・・いまだからこそ、こんなふうになんでもない口調で語れるのであるが、当時は、笑い話どころではなく、私は死のうと思っていた。幻燈のまちの病気もなおらず、いつ不具者になるかわからぬ状態であったし、ひとはなぜ生きていなければいけないのか、そのわけが私・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・羽子板がずらりと並んでいて、その中で際立って大きいのを、三つになるお嬢さんが、あれほしい、あれ買って、とだだをこねて、店のあるじの答えて言うには、お嬢さん、あれはいけません、あれは看板です、という笑い話。こんなに顔が大きくなると、恋愛など、・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ さらに一つ、笑い話を附け加えよう。その二枚の写真が届けられた時、私は女房を呼び、「これが、上野の浮浪者だ。」 と教えてやったら、女房は真面目に、「はあ、これが浮浪者ですか。」 と言い、つくづく写真を見ていたが、ふと私は・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・真実は、いま、私の背後を走っているようです。笑い話にもなりません。」 生きて行く力 いやになってしまった活動写真を、おしまいまで、見ている勇気。 わが唯一のおののき 考えてみると、私たちはこう・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫