・・・書は確かに趙松雪を学んだと思う筆法である。その詩も一々覚えているが、今は披露する必要もあるまい。それより君に聞いて貰いたいのは、そう云う月明りの部屋の中に、たった一人坐っていた、玉人のような女の事だ。僕はその女を見た時ほど、女の美しさを感じ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・で、或る日の逸話に鴎外と私と二人を列べて、堅忍不抜精力人に絶すと同じ文句で並称した後に、但だ異なるは前者の口舌の較や謇渋なるに反して後者は座談に長じ云々と、看方に由れば多少鴎外を貶して私を揚げるような筆法を弄した。この逸話の載った当日の新聞・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・馬琴が聖嘆の七十回本『水滸伝』を難じて、『水滸』の豪傑がもし方臘を伐って宋朝に功を立てる後談がなかったら、『水滸伝』はただの山賊物語となってしまうと論じた筆法をそのまま適用すると、『八犬伝』も八犬具足で終って両管領との大戦争に及ばなかったら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・大河今蔵の筆法は万事これなのである。 帰って見ると妻の姿が見えない。見えないも道理、助を背負たまま裏の井戸の中で死でいた。 お政はこれまで決して自分の錠を卸して置いた処を開けるようなことは為なかった。然し何時か自分の挙動で箪笥の中に・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 桂正作の計画はすべてこの筆法である。彼はずいぶん少年にありがちな空想を描くけれども、計画を立ててこれを実行する上については少年の時から今日に至るまで、すこしも変わらず、一定の順序を立てて一歩一歩と着々実行してついに目的どおりに成就する・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかし東京をはなれて田舎にいるのでは、その筆法は、あてはまらないような気がする。 田舎へきて約半年ばかりは、東京のことが気にかかり東京の様子や変遷を知り進歩に遅れまいと、これつとめるのであるが、そのうちに田舎の自分に直接関係のある生活に・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・具体的に言ってみないか、リアリズムの筆法でね。女のことを語るときには、この筆法に限るようだ。寝巻は、やはり、長襦袢かね?」 このような女がいたなら、死なずにすむのだがというような、お互いの胸の奥底にひめたる、あこがれの人の影像をさぐり合・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・しかしここでもし下手な監督がこのような筆法を皮相的にまねてこれに似たことをやったとしたら、この単調な繰り返しはたぶん堪え難い倦怠を招くほかはないであろう。実際そういうまずいほうの実例はいくらでもある。それをそうさせない微妙な呼吸はただこの際・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・自分は今度見たミッキーマウスの中の犬を描いた筆法でドン・キホーテを描いた漫画映画の出現を希望したいと思うものである。 八 一本刀土俵入り 日本の時代ものの映画でおもしろいと思うものにはめったに出会わない。たいていは退・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・などにも同じような筆法が見られる。 また一方で、彼の探偵物には人間の心理の鋭い洞察によって事件の真相を見抜く例も沢山ある。例えば毒殺の嫌疑を受けた十六人の女中が一室に監禁され、明日残らず拷問すると威される、そうして一同新調の絹のかたびら・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫