・・・黒繻子の襟のかかった縞の小袖に、ちっとすき切れのあるばかり、空色の絹のおなじ襟のかかった筒袖を、帯も見えないくらい引合せて、細りと着ていました。 その姿で手をつきました。ああ、うつくしい白い指、結立ての品のいい円髷の、情らしい柔順な髱の・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・木綿縞の膝掛を払って、筒袖のどんつくを着た膝を居り直って、それから挨拶した。そッときいて、……内心恐れた工料の、心づもりよりは五分の一だったのに勢を得て、すぐに一体を誂えたのであった。――「……なれども、おみだしに預りました御註文……別・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 手拭を頭に巻きつけ筒袖姿の、顔はしわだらけに手もやせ細ってる姉は、無い力を出して、ざくりざくり桑を大切りに切ってる。薄暗い心持ちがないではない。お光さんは予には従姉に当たる人の娘である。 翌日は姉夫婦と予らと五人つれ立って父の墓参・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・自分が姉を見上げた時に姉は白地の手拭を姉さん冠りにして筒袖の袢天を着ていた。紫の半襟の間から白い胸が少し見えた。姉は色が大へん白かった。自分が姉を見上げた時に、姉の後に襷を掛けた守りのお松が、草箒とごみとりとを両手に持ったまま、立ってて姉の・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 信子の着物が物干竿にかかったまま雨の中にあった。筒袖の、平常着ていたゆかたで彼の一番眼に慣れた着物だった。その故か、見ていると不思議なくらい信子の身体つきが髣髴とした。 夕立はまた町の方へ行ってしまった。遠くでその音がしている。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・紺の筒袖を着て白もめんの兵児帯をしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。 手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、フト石垣の上を見上げた時、思わず二人は顔を見合わしました。子供はじっと私の顔を見つめ・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て藁草履穿きたる農民の婦とおぼしきが、鎌を手にせしまま那処よりか知らず我らが前に現れ出でければ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・汚れた手拭で頬冠りをして、大人のような藍の細かい縞物の筒袖単衣の裙短なのの汚れかえっているのを着て、細い手脚の渋紙色なのを貧相にムキ出して、見すぼらしく蹲んでいるのであった。東京者ではない、田舎の此辺の、しかも余り宜い家でない家の児であると・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・三人の中でも兄さん顔の次郎なぞは、五分刈りであった髪を長めに延ばして、紺飛白の筒袖を袂に改めた――それもすこしきまりの悪そうに。顔だけはまだ子供のようなあの末子までが、いつのまにか本裁の着物を着て、女らしい長い裾をはしょりながら、茶の間を歩・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫