・・・長谷川は保吉の後ろの机に試験の答案を調べかけたなり、額の禿げ上った顔中に当惑そうな薄笑いを漲らせていた。「こりゃ怪しからん。僕の発見は長谷川君を大いに幸福にしているはずじゃないか?――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」「・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・ * * * * * 一週間たった後、最高点を採った答案は下に掲げる通りである。「正に器用には書いている。が、畢竟それだけだ。」 親子 親は子供を養育するのに適しているかどうかは疑問である。成種牛馬は親・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 三一 答案 確か小学校の二、三年生のころ、僕らの先生は僕らの机に耳の青い藁半紙を配り、それへ「かわいと思うもの」と「美しいと思うもの」とを書けと言った。僕は象を「かわいと思うもの」にし、雲を「美しいと思うもの」にし・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・試験の時は、早く外へ出て吸いたい気持にかられて、いい加減に答案を書いて出してしまった。試験の成績など煙草の魅力にくらべると、ものの数ではなかった。いつか私は「朝、眼をさましてから、床の中でぐずついているような男は、配偶者としては、だめである・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ という怪しげな答案を書いたことがあるが、ルンペンの本来の意味は、ボロとか屑とかいう意味である。 つまり、宿なし、失業者、浮浪者といった意味のルンペンとは、人間のボロ、人間の屑というわけであろう。 宿がないということは、屑である・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ それならどういう風に関係が有ったろうかといいますと、便宜上その答案を三つに分けて申しますが、馬琴の小説中の人物は大別すれば三種類あるのでして、第一には前に申しました一篇の主人公や副主人公やその他にせよ、とにかくに篇中の柱たり棟たる役目・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・気が済む雛さま事罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日の崇り今し方明いて参りましたと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・前方の席に坐るならば、思うがままに答案を書けまいと懸念しているのだ。われは秀才らしく最前列の席に腰をおろし、少し指先をふるわせつつ煙草をふかした。われには机のしたで調べるノオトもなければ、互いに小声で相談し合うひとりの友人もないのである。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・それに対する答案として、私はシルレルの物語詩を一篇、諸君に語りましょう。シルレルはもっと読まなければいけない。 今のこの時局に於ては尚更、大いに読まなければいけない。おおらかな、強い意志と、努めて明るい高い希望を持ち続ける為にも、諸君は・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・ ――なんだか、君たちは芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていないような気がします」「それは非難ですか? それともあなたの研究発表ですか? 答案だろうか。僕に採点しろというのですか?」「――中傷さ」「それ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫