・・・その前後から自分は節制の気持を棄てた。その結果が、あと十日と差迫った因果の塊りと、なったというわけである。…… ああ、それにしても、何というおもしろくないことだろう! 書きだしてからもう十日も経っているというのに、まだ五枚と進んでいない・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・世の中が、何かしら微妙に変って来たせいか、または、彼のからだが、日頃の不節制のために最近めっきり痩せ細って来たせいか、いや、いや、単に「とし」のせいか、色即是空、酒もつまらぬ、小さい家を一軒買い、田舎から女房子供を呼び寄せて、……という里心・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ただ銘々の我慾の節制と相互の人間愛によってのみ理想の社会に到達する事が出来るというのであるらしい。 勿論彼は世界平和の渇望者である。しかしその平和を得るためには必ずしも異種の民族の特徴を減却しなくてもいいという考えだそうである。ユダヤ民・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そこから足ることを知る節制謙譲が生まれるであろう、と教える東洋風の教えがこの集のところどころに繰返して強調されている。例えば第百三十四段から第百三十七段までを見ただけでも大体のものの考え方がわかる。第百三十七段の前半を見れば、心の自由から風・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・日常生活の拘束からわれわれの心を自由の境地に解放して、その間にともすれば望ましき内省の余裕を享楽するのが風流であり、飽くところを知らぬ欲望を節制して足るを知り分に安んずることを教える自己批判がさびの真髄ではあるまいか。 俳句を修業すると・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・もう一杯というところで膳を取り上げ、もう一と幕と思うところで打出しにするという「節制」は教育においてもむしろ甚だ緊要なことではないか。この点について世の教育者、特に教科書の内容に関する一切の膳立ての任に当る方々の考慮を煩わしたいと思う次第で・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・もうよほど前からこの男は自己の思索にある節制を加えることを工夫している。神学者にでも言わせようものなら、「生産的静思」なんぞと云うだろう。そう云う態度に自身を置くことが出来るように、この男は修養しているのである。オオビュルナン先生はこんな風・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・太陽をめぐる天体の運行が形容の例にとられ、そのような「拘束でない節制」を文化にもたらす組織として成立し、事業を物故文芸家慰霊祭、遺品展覧会、昨年度優秀文学作品表彰、機関誌『文芸懇話会』の発行とした。そして昭和九年度の文芸懇話会賞は会員である・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・利己、貪慾、無節制の一袋を、此処ら辺からばら撒くのだ。ヴィンダー 俺は、当分何も手につかない戦々兢々、なかなか効果は偉大な、絶望、その従弟のもっと可愛い自暴自棄を置土産にする。カラ それなら私は――執念深い思い出。忘れようとして忘ら・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫