・・・私は高等学校一年の時、既に粋人たらむ事の不可能を痛感し、以後は衣食住に就いては専ら簡便安価なるものをのみ愛し続けて来たつもりなのである。けれども私は、その身長に於いても、また顔に於いても、あるいは鼻に於いても、確実に、人より大きいので、何か・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・それはとにかく、さし当たってそういう土民に鉄筋コンクリートの家を建ててやるわけにも行かないとすれば、なんとかして現在の土角造りの長所を保存して、その短所を補うようなしかも費用のあまりかからぬ簡便な建築法を研究してやるのが急務ではないかと思わ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・もう小し簡便な方法がありそうなものである。だれか忠実な住宅建築の研究者があって、二三日天井裏にすわり込むつもりでねずみの交通を観察したら適当な方法はすぐに考えつくだろうと思われる。そのような方法は学者のほうではとうの昔にわかっているのをわれ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ちょっと清潔に簡便に食欲を満足させ、そうして時間をつぶすに適当なようにできている。普通の日本人の食事時間でない時でも不断ににぎわっている。草花鉢を飾ったり、夏は花を封じ込めた氷塊がいくつもすえられていて、天井には大きな扇風器が回っている。田・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・しかし近年は裏の藤棚の下の井戸水を頭へじゃぶじゃぶかけるだけで納涼の目的を達するという簡便法を採用するようになった。年寄りの冷や水も夏は涼しい。 われわれ日本人のいわゆる「涼しさ」はどうも日本の特産物ではないかという気がする。シナのよう・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・余のごとき頭脳不透明なるものは理窟を承わるより結論だけ呑み込んで置く方が簡便である。「ああ、つまりそこへ帰着するのさ。それにこの本にも例が沢山あるがね、その内でロード・ブローアムの見た幽霊などは今の話しとまるで同じ場合に属するものだ。な・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ところがアメリカのような国になると、電気とかいろいろな社会設備が発達しているから、家事的な労働の大部分は公共的な簡便さで解決される。つまり、たった二ドル位で電話がひけるとか、ガスや電気が大へん安い。だから電気で洗濯して電気でアイロンをさっさ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 索引や蔵書の或る部門の不備さ等は云わないでも、私には、あの雰囲気――役所くさい、うるおいのない調子だけで親しみ難かった。簡便に行わるべき書籍の出納場が、あんなに高い、絵にある閻魔の大机のようなのなどは寧ろ愉快な滑稽だ。閲覧室内を監督す・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
出典:青空文庫